今回扱うのは、妻イザナミを追って黄泉の国へ向かったイザナギが、約束を破って逃げ帰り、死の理由を説明する掛け合いを交わす場面です。続いて、川での禊からアマテラス・ツクヨミ・スサノオという三貴子が生まれ、それぞれが太陽・月・海原の役割を担って世界秩序を形づくります。スサノオの暴走でアマテラスが天の岩屋に隠れ、世界が闇に包まれると、芸能の神アメノウズメが踊りで神々を笑わせ、太陽の光を引き戻します。後半では、オオクニヌシからの国譲りとニニギの天孫降臨をたどり、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣という三種の神器が天皇の正統性を支える物語として整理されます。神話を事実か嘘かで切り捨てず、「支配の根拠をどう物語化したか」という視点で読むための準備を整える回になっています。
黄泉の国の神話は何を語るのか?
黄泉の国:死者の魂が向かう暗い地下世界を指す古語概念
禊:水で身と心の穢れを洗い流すための宗教儀礼
三貴子:アマテラスら三柱が世界秩序を支える特別な神々
イザナギは亡くなった妻イザナミを追って黄泉の国へ向かいますが、「姿を見ない」という約束を破り、腐敗した姿を目にして恐ろしくなり、逃げ帰ってしまいます。怒ったイザナミは「一日に千人殺す」と呪い、イザナギは「一日に千五百人産ませる」と応じました。この掛け合いは、死が避けられない一方で人口が増え続ける理由を説明する物語です。ここには、人間の死への恐れと、それでも生が続く世界へのまなざしが込められています。
黄泉から戻ったイザナギは、自らの穢れを落とすために川で禊を行い、その行為から三貴子であるアマテラス・ツクヨミ・スサノオが生まれます。左目から太陽神アマテラス、右目から月の神ツクヨミ、鼻から嵐の神スサノオが現れ、それぞれに役割が与えられました。死と汚れを洗い流す行為が、新しい秩序をもたらす神々の誕生へ変わる点は、古代の人々が「危機のあとに世界が更新される」という感覚を持っていたことを示しています。
🔍 つまりどういうこと?🔍
黄泉の国の物語は、単なる恐怖譚ではなく、死と誕生をセットで描くことで「世界が続いていく理由」を説明する神話です。イザナギの禊から三貴子が生まれる流れは、つらい経験や失敗のあとに、価値観が洗い直されて新しい一歩が始まる感覚にも重ねられます。日常でも大きな失敗のあとに環境や考え方がガラッと変わる瞬間がありますが、その背後に「一度汚れを落としてやり直す」という古い発想が生きていると見ることもできるのです。
── では、三貴子の対立と世界の秩序を見ていきましょう。
アマテラスとスサノオは何を象徴?
誓約(うけい):生まれた神の性質で心の正しさを占う神聖な儀式
天の岩屋:アマテラスが隠れて世界を闇に包んだとされる洞窟
アメノウズメ:裸同然で踊り笑いを誘いアマテラスを誘い出した女神
三貴子にはそれぞれ、夜の世界と海原、そして高天原を治める役目が与えられましたが、兄弟仲はうまくいきません。ツクヨミは、もてなしてくれた神を「汚らわしい」と殺してしまい、アマテラスと決裂した結果、昼と夜が分かれてしまいます。さらに問題なのは、乱暴者のスサノオです。彼は誓約(うけい)で心の清さが証明されたにもかかわらず、田の畦を壊し、神殿を汚し、皮を剥いだ馬を機織り小屋に投げ込むなど、暴走を止めませんでした。
この騒ぎに耐え切れなくなったアマテラスは天の岩屋にこもり、世界から光が消えてしまいます。困り果てた八百万の神々は、どうすれば太陽神を外に引き出せるか相談し、そこで活躍したのがアメノウズメです。彼女は桶の上で激しく踊り、衣がはだけるほどの舞で笑いを生み出しました。神々の大笑いを不思議に思ったアマテラスが岩戸を少し開けた瞬間、鏡に映った自分の姿を新しい神だと勘違いし、身を乗り出したところを引き出されます。ここで世界に再び光が戻り、秩序が回復しました。
🔍 つまりどういうこと?🔍
アマテラスとスサノオの対立は、「秩序を守る力」と「破壊的な勢い」がぶつかり合う構図として読むことができます。スサノオの暴走は迷惑ですが、その背後には感情の爆発や居場所のなさも感じられますし、最終的にはアメノウズメのユーモアと共同作業が危機を乗り越えます。日常でも、職場や家庭での衝突を、誰かの一言や場づくりがやわらげる場面がありますが、この神話は「力ずくではなく、笑いや工夫で光を取り戻す」という古い知恵を物語の形で伝えているとも言えるでしょう。
── では、国譲りと天孫降臨の物語をたどりましょう。
国譲りと天孫降臨は何を正当化?
国譲り:地上の支配権をオオクニヌシが高天原に明け渡す物語
天孫降臨:アマテラスの孫ニニギが地に降り国を治め始める出来事
三種の神器:鏡と勾玉と剣が天皇の正統性を象徴するとされた宝物
高天原から追放されたスサノオの子孫オオクニヌシは、地上世界を治める支配者として描かれます。しかし、アマテラス側は「地上は自分たちの子孫が治めるべきだ」と考え、度々使者を送りました。この交渉が国譲りです。なかなか話がまとまらない中、武神タケミカヅチが派遣され、オオクニヌシの子の腕を葦のようにひねるなどの力を見せつけて服属を迫ったと伝えられます。こうして地上の統治権は高天原側へ移り、オオクニヌシは別の場所でまつられる存在になりました。
統治権を得たアマテラスは、孫のニニギを地上へ送り出す天孫降臨を決断します。このとき授けられたのが三種の神器、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣です。それぞれが天皇家のしるしとされ、のちの天皇は即位の儀礼でこの宝物を受け継ぐことになります。ニニギは高千穂に降り立ち、木花咲耶姫と結婚し、その子孫の先に神武天皇が位置づけられます。神々の物語を通じて、「天皇は天から使命と宝物を託された家系である」という筋が丁寧に準備されているのです。
🔍 つまりどういうこと?🔍
国譲りと天孫降臨の物語は、「地上の王は天上の意志を継いでいる」という考えをわかりやすく示す仕組みです。実際にはさまざまな勢力が争い、交渉しながら支配の枠組みを作っていったはずですが、神話はそれを三種の神器の継承というシンプルな図で語り直します。現代の私たちにとっても、「この立場や役割はどこから来たのか」を物語化して理解しようとする感覚は身近で、会社の沿革や家の家系図なども、その一種だと言えるかもしれません。
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── 最後に、この記事のまとめとFAQでおさらいしましょう。
まとめ:神話から歴史を見る視点
黄泉の国での別れから禊による三貴子の誕生、アマテラスとスサノオの対立と和解の工夫、そして国譲りと天孫降臨を通じて三種の神器が受け継がれる流れをたどると、天皇の始まりは「最初から完成した制度」ではなく、物語の力で意味づけられた存在として見えてきます。神話は事実そのものを伝えるというより、「この支配にはこうした根拠がある」と説明するためのフレームであり、その読み方を知ることで、歴史の入り口がぐっと柔らかくなります。
神話は支配の根拠を物語として整理したもの
黄泉の国や国譲りは人間の不安と願いを映す
物語としての神話と証拠としての史料を意識すべき
ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。
Q1.天皇の始まりは紀元前660年と考えてよいのでしょうか?
紀元前660年という年は神話上の設定であり、考古学的には三世紀ごろのヤマト王権成立を一つの出発点として捉える見方が一般的です。
Q2.三種の神器は本当に存在しているのでしょうか?
実物は非公開で、中身を確認した人はいませんが、「ある」と信じられてきた歴史そのものが天皇の正統性を支える重要な要素になっています。
Q3.神話と歴史を分けて考えるとき、どこに注目すればよいですか?
物語の役割と、発掘や文献といった証拠の役割を区別し、「何を説明するための話なのか」「どこまでが確認できる事実なのか」を意識して読むことがポイントです。
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023年
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024年
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます。
[この記事を書いた人]
Alex Kei(学び直し歴史ライター)
早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。👇noteではこんな話をしてます(目次)👇
スサノオとアマテラスは何を争ったのか世界が真っ暗になったとき神々はどうした
追放された神々の「国づくり」とは
天孫降臨と神武東征が正当化したこと
日本神話から歴史との付き合い方を学ぼう
🖋 この記事はどんな本を参考に?🖋
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三種の神器や国譲りの背景を物語としてじっくり味わえる一冊です。







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