学校では教えてくれない明治政治の裏側、気になりませんか?この記事では、政治不信と経済崩壊が軍部台頭を招いた「必然の流れ」を紐解きます。
明治維新後の日本は、欧米列強に並ぶため法治国家を目指しました。当初の薩長による藩閥政治から、民意を反映する政党政治へと移行しますが、「我田引鉄」などの腐敗により国民の信頼を喪失してしまいます。
さらに第一次大戦後の好景気から一転、戦後恐慌や昭和恐慌など「4連発の経済打撃」に見舞われます。この混乱の中、政党政治に失望した国民の期待は軍部へと傾き、日本は次第に軍部主導の政治体制へと突き進んでいくのです。
▼ この記事でわかること
- 藩閥から政党政治へ移った理由
- 日清日露戦争と英国支援の裏話
- 軍部台頭を招いた昭和恐慌の正体
藩閥政治はなぜ政党政治へと変わった?
近代化を急ぐ明治政府は、不平等条約の改正を最大の悲願としていました。しかし、伊藤博文ら一部の「藩閥政治」による統治では限界が見えてきます。列強に対等な相手として認められるため、政府が目指したのは、明確なルールに基づく「法治国家」としての体裁を整えることでした。大日本帝国憲法の制定も、近代国家としての形を示すための必須条件だったのです。
武力倒幕ではなく、選挙と議会による変革が始まります。原敬のような平民宰相も誕生しますが、今度は政治家が地元へ利益誘導する「我田引鉄」が横行しました。「自分の田んぼに水を引く」かのように鉄道ルートをねじ曲げる腐敗が目立ち始め、理想とした政党政治は、内輪揉めと人気取りに終始する未熟さを露呈してしまいました。
🔍 つまりどういうこと?🔍
国際社会に認められるため、日本は近代的な政治の形を整えましたが、その実態は「我田引鉄」のような利益誘導や権力争いに明け暮れるものでした。こうした政党政治の腐敗と未熟さは、国民の間に深い政治不信を植え付け、後に軍部への期待を高めさせる決定的な遠因となってしまったのです。
── では、世界を巻き込んだ対外戦争へ目を向けましょう。
日清日露戦争の勝敗を分けた世界の事情
当時の日本は英米露中の列強に囲まれ、常に緊張状態でした。特に最大の脅威だったのが、冬でも凍らない不凍港を求めて「南下政策」をとるロシアです。もし朝鮮半島がロシアに支配されれば、日本の喉元に刃を突きつけられる形になります。日本にとって大陸進出や朝鮮半島の確保は、単なる領土欲以上に、国家存亡にかかわる防衛ラインの死守だったのです。
日清・日露戦争における日本の勝利、その鍵を握っていたのはイギリスです。ロシアの拡張を嫌う英国の利害が日本と一致し、最新軍備の提供や「日英同盟」による強力な後ろ盾を得ました。薄氷の勝利の末に行った「日韓併合」は、日本の防衛には寄与しましたが、後の伊藤博文暗殺など、現地の人々に深く長い遺恨を残す結果となりました。
🔍 つまりどういうこと?🔍
日本の相次ぐ戦争勝利は、自国の力だけでなく、ロシアの南下を阻止したいイギリスの戦略的支援があったからこそ実現しました。当時の日本は、列強の複雑な利害関係を巧みに利用し、ギリギリの外交カードを駆使して国家の生き残りを図った、世界的なパワーゲームの渦中にあったのです。
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── では、経済崩壊と軍部の台頭を見ていきましょう。
昭和恐慌などの4度の不況による軍部台頭
第一次世界大戦中、日本は戦場の欧州に代わってアジア市場を独占し「大戦景気」に沸きました。しかし戦争が終わるとバブルは崩壊。戦後恐慌、震災恐慌、金融恐慌と続き、トドメの「昭和恐慌」で経済は奈落の底へ落ちました。4連発のパンチを食らったボクサーのように、日本経済はリングの外へ吹っ飛ぶほどのダメージを負ったのです。
「生活が苦しいのは無能な政治家のせいだ」と国民の怒りは爆発します。そこで「我々が国を救う」と声を上げたのが軍部でした。政党政治に絶望していた世論は、強力なリーダーシップを掲げる「軍部台頭」を歓迎し、期待を寄せました。こうして国民の熱狂的な支持を背景に、日本は軍部主導の政治体制へと傾倒していくことになります。
🔍 つまりどういうこと?🔍
好景気からの転落と度重なる恐慌による生活苦が、既存の政党政治への不信感を決定的なものにしました。「口先だけの政治家より、強い軍隊ならこの国を変えてくれる」という国民の悲痛な期待こそが、軍部の暴走を許し、日本が戦争へと突き進む土壌を形成してしまったのです。
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── 最後に、この記事のまとめとFAQでおさらいしましょう。
まとめ:近代化の歪みが生んだ軍部独走
近代国家への道程は決して平坦なものではありませんでした。政治家による腐敗、列強との過酷なパワーゲーム、そして国民を襲った経済の崩壊。これらが複雑に絡み合い、国民の失望と怒りが頂点に達した時、救世主として軍部が実権を握る体制へと必然的にシフトしていったのです。
この記事のポイントは、以下の3つです。
‣政治腐敗で国民の政党不信が芽生えた
‣戦争勝利の背景には英国の戦略的支援
‣度重なる恐慌が軍部への期待を生んだ
ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。
Q1.なぜ日本は急いで近代化する必要があったのですか?
幕末に結ばされた不平等条約を改正するためです。欧米列強と同じ法治国家にならなければ、対等な外交はできないと考えました。
Q2.「我田引鉄」とは具体的にどのような弊害ですか?
政治家が票集めのために、必要性の薄い地元へ鉄道を誘致したことです。結果、路線がいびつに曲がるなど、国全体の利益より党利党略が優先されました。
Q3.なぜ国民は危険な軍部を支持してしまったのですか?
繰り返される恐慌で生活が困窮し、既存の政党政治に絶望したからです。「今の政治家より、規律ある軍人の方が世の中を良くしてくれる」と信じてしまいました。
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます
🖋 この記事を書いた人 🖋
Alex Kei(学び直し歴史ライター)
早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。🖋 この記事はどんな本を参考に?🖋

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