ハリス条約と安政の大獄!井伊直弼が招いた孤立|5分de探究#084

江戸時代
ハリス条約と安政の大獄!井伊直弼が招いた孤立|5分de探究#084
井伊直弼はなぜ強引な粛清に踏み切ったのでしょうか?


天皇の勅許拒絶により幕府の権威が地に落ちた幕末。条約締結が招いた孤立と、安政の大獄が尊王思想に火をつけた結末を”5分”で紐解きます。

▼ この記事でわかること

Q. ハリス条約と安政の大獄は幕末に何を招いたのか?


井伊直弼による強引な条約締結粛清は、かえって反発を招き、幕府の孤立崩壊を早める結果となりました。

江戸時代後期、平和な世で生まれた国学は、日本独自の価値を天皇に見出しました。そんな中、老中堀田正睦ハリス条約の勅許を天皇に求めましたが、まさかの拒絶にあい幕府の権威は失墜します。

事態収拾のため大老となった井伊直弼は、強引に条約を締結し反対派を粛清する安政の大獄を断行。しかしこの恐怖政治は逆に尊王思想を持つ志士たちの怒りに火をつけ、幕府の孤立と崩壊を早める皮肉な結果となりました。

権威の所在を問い直す「国学の視点」

国学:外来思想の影響を排除し、日本古来の精神や価値観を古典研究から明らかにする学問。
水戸学:尊王思想と儒教道徳を統合し、天皇への忠義と実践的な行動を重視した水戸藩の思想。
古事記:皇室の神聖な起源を記し、国学者によって皇位の正統性の根拠とされた最古の歴史書。

江戸の泰平の中で、人々は「日本とは何か」を問い始めました。中国の影響を排除し、日本本来の姿を古事記などの古典に求めたのが国学です。本居宣長らが大成したこの学問は、やがて神の子孫である天皇こそが日本文化の核心であり、我々日本人のアイデンティティの源泉であるという、極めて重要な結論に達します。


この思想は次第に強い政治的な意味を帯びていきます。特に水戸学は、天皇への忠義を道徳の中心に据え、外国勢力を邪教とみなして排除しようとしました。幕府が外交の実権を握っていても、支配の精神的な正統性はあくまで天皇にあるという危険な考え方が、静かに、しかし確実に武士たちの間に広まっていったのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

平和な時代に学問が発展した結果、人々は日本のルーツである天皇を再評価しました。この動きが、外国から日本を守るには神聖な天皇のもとに団結すべきだという強烈な政治思想へと変化し、やがて幕府の現実的な外交政策と真っ向から衝突する危険な下地ができあがってしまったのです。


条約の勅許を得るために御所へ参内する堀田正睦と、それを拒絶する孝明天皇のイメージ


── では、この思想が政治にどう影響したのか見てみましょう。

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天皇の拒絶が招いた「幕府の失墜」

堀田正睦:ハリス条約調印のため、前代未聞の天皇による許可を得ようと京都へ奔走した幕府の老中。
孝明天皇:外国を激しく嫌い、幕府が求めた条約調印の許可を頑なに拒絶し続けた幕末の第121代天皇。
政治的誤算:権威付けのために朝廷を頼ったことが裏目に出て、幕府の指導力を失墜させた手痛い失敗。

ハリスとの条約交渉が大詰めを迎えた頃、老中の堀田正睦は批判をかわすための奇策に出ました。天皇の許可を得れば、誰も文句は言えないだろうと考えたのです。しかしこれは巨大な政治的誤算でした。何世紀にもわたり政治に関与しなかった朝廷を、再び政治の表舞台に引き上げ、発言権を与えてしまう結果になったからです。


さらに悪いことに、孝明天皇は条約、特に兵庫の開港に対して断固拒否の姿勢を貫きました。帝の心を安んじるはずの幕府が、その帝から明確な拒絶を突きつけられたのです。堀田は説得に失敗して辞任し、幕府は天皇の意志に反してでも条約を結ぶべきかという、かつてない最悪のジレンマに陥ることになってしまいました。

🔍 つまりどういうこと?🔍

幕府は自分たちの決定に天皇のお墨付きを利用しようとしましたが、逆にお墨付きをもらえなかったという事実が、幕府の権威を大きく傷つけました。これにより、これまで封印されていた天皇が政治的決定権を持つというパンドラの箱が開き、もはや誰も閉じることはできなくなってしまったのです。

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井伊直弼が厳しい表情で命令を下し、吉田松陰らが捕縛される安政の大獄の様子


── では、この混乱をどう収拾しようとしたか見てみましょう。

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井伊直弼が断行した「安政の大獄」

井伊直弼:混乱する政局を強権的な手法で抑え込もうとし、独断で条約調印と粛清を断行した大老。
安政の大獄:大老井伊直弼が、幕府に批判的な大名や公家や志士たちを徹底的に弾圧し処罰した粛清。
吉田松陰:松下村塾で多くの若者に尊王思想を説き、幕府の老中暗殺を企てたとして処刑された教育者。

混乱の中、大老に就任した井伊直弼は強権を発動します。天皇の意向を無視してハリス条約に調印し、さらに将軍継嗣問題でも自派の家茂を擁立しました。これに激怒した天皇や反対派が抗議すると、井伊は徹底的な弾圧で応じました。これが安政の大獄であり、反対派の大名や公家、志士たちが次々と厳しく処罰されました。


この粛清で処刑された一人が、吉田松陰です。彼は松下村塾で多くの若者に影響を与え、幕府の対応を激しく批判していました。井伊は恐怖で人を支配できると考えましたが、松陰らの死は逆に彼らを殉教者に変えました。行き場を失った下級武士たちの怒りは、やがて過激な尊王攘夷運動へと爆発していくことになります。

🔍 つまりどういうこと?🔍

井伊直弼独裁的なリーダーシップで難局を乗り切ろうとしました。しかし天皇をないがしろにして反対派を力でねじ伏せた行為は、結果的に幕府こそが天皇の敵であるという認識を広め、倒幕を目指す志士たちの結束を強固にするという、あまりにも皮肉な結果を招いてしまったのです。


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── 最後に、この記事のまとめFAQでおさらいしましょう。

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まとめ:井伊直弼が招いた「孤立」

幕末の混乱は、単なる外交問題ではなく、天皇を巡る思想闘争でした。国学が育てた尊王の種は、堀田正睦の失策で芽吹き、井伊直弼の弾圧によって巨大な反幕府の大樹へと成長しました。問題の根本にある「思想」を無視し、力による解決を図ったことが、かえって事態を悪化させ、幕府の命運を縮める決定的な要因となったのです。
この記事のポイントは、以下の3つです。

国学が天皇に正統性を与えた思想の力
朝廷の関与を招いた堀田の政治的誤算
反発を招き孤立を深めた安政の大獄

ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。

❓この記事のテーマに関するFAQ❓

Q1.なぜ「安政の大獄」と呼ばれるのですか?

1858年が「安政5年」だったからです。「安らかな政治」という元号の意味とは裏腹に、多くの血が流れる苛烈な粛清が行われました。

Q2.国学と水戸学の違いは何ですか?

国学は日本独自の精神を探求する学問ですが、水戸学はそれに儒教の道徳を加え、より政治的・実践的に天皇への忠義を説いた思想です。

Q3.井伊直弼はなぜ天皇の許可を待たなかったのですか?

外交問題は本来、将軍(幕府)が決めるべき事項であり、天皇の政治介入は不要だと考えていたからです。彼の強烈な自負が裏目に出ました。

各時代の FAQ は、FAQまとめページ で一気見できます。是非ご活用ください。

[主な参考資料]
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます

🖋この記事を書いた人🖋

Alex Kei(学び直し歴史ライター)

早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。
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