▼ この記事でわかること
関東軍は政府の意向を無視して張作霖を爆殺し、続く柳条湖事件で満州全土を制圧して満州国を建国しました。これを止めようとした犬養毅首相が暗殺されたことで政党政治は崩壊します。
松岡洋右はリットン報告書に反発し国際連盟を脱退し、日本は孤立を選びました。しかし当時の日本国民は、満州の権益による経済的利益や連戦連勝のニュースに高揚し、この危険な孤立への道を熱狂的に支持して、軍部を後押ししていたのです。
関東軍の暴走と張作霖爆殺事件の「衝撃」
当時の中国は軍閥が割拠しており、満州は張作霖という人物が支配していました。当初は日本と親密でしたが、次第に自立を強め対立し始めます。これに対し、現地の日本軍である関東軍の一部将校が過激化。1928年、なんと彼が乗る列車を爆破して暗殺するという、政府の意向を完全に無視した暴挙に出たのです。
この大事件に対し、日本の田中義一内閣や軍上層部は厳正な処罰を行えませんでした。国内への政治的影響を恐れたためですが、これが「現場の独断専行は許される」という危険な空気を生み出します。この上層部による事なかれ主義の甘い対応が、結果として若手将校たちによる、さらなる過激な行動への呼び水となってしまったのです。
🔍 つまりどういうこと?🔍
政府や軍の上層部が、不祥事を起こした現場の軍人を厳しく処罰しなかったため、関東軍の若手将校たちは自分たちの判断で国を動かしてもよいのだと勘違いしてしまいました。この誤った成功体験が、彼らの暴走をさらに加速させ、国家の命令を無視した独断専行が常態化するきっかけを作ってしまったのです。
── では、歯止めの効かなくなった関東軍が次に何を起こしたのか見ていきましょう。
柳条湖事件の勃発と満州国の建国と「実態」
1931年9月18日、板垣征四郎や石原莞爾ら関東軍の将校は、日本が権益を持つ南満州鉄道を爆破する柳条湖事件を引き起こします。彼らはこれを中国側の仕業と偽り、一気に満州全土を占領しました。翌年には清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀を元首に据え、日本の傀儡国家である満州国を一方的に建国したのです。
政府はこの暴挙を追認するしかありませんでした。犬養毅首相は軍の統制を試みますが、1932年の五・一五事件で海軍将校らに暗殺されてしまいます。これにより、命をかけて軍に異を唱える政治家はいなくなり、日本の政党政治と民主主義は実質的に機能を停止し、軍部の暴走を誰も止められない状態になったのです。
🔍 つまりどういうこと?🔍
現場の謀略によって満州国という傀儡国家が勝手に作られ、それを止めようとした犬養毅首相が暗殺されてしまいました。この結果、日本国内ではもはや誰も軍部の独走を止められない状態に陥り、国家の方針が軍事力によって決定されるという、民主主義崩壊の決定的な局面を迎えてしまったのです。
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── では、世界はこの日本の行動をどう見ていたのでしょうか。
国際連盟の脱退と国民が熱狂した「理由」
国際連盟はリットン調査団を派遣し、満州事変は正当な自衛ではないと結論づけました。これに反発した日本全権の松岡洋右は、1933年に連盟総会から退席します。日本は国際連盟を脱退し、国際協調の路線を捨てて、世界からの孤立を深める独自の道を選んでしまいました。これにより国際的な立場は一気に悪化したのです。
しかし、当時の日本国民はこの強硬姿勢を大歓迎しました。「暗い谷」と呼ばれがちな時代ですが、実際には「満州の資源で生活が豊かになる」という期待や、連戦連勝を続ける軍部への熱狂があったのです。メディアもこれを煽り、国民の圧倒的な支持こそが、軍の暴走を後押しする最大の要因となっていたのが現実でした。
🔍 つまりどういうこと?🔍
日本は世界を敵に回して孤立を深めましたが、国内では新しい土地と経済的な恩恵を夢見る国民たちが、軍部の強硬な行動を熱狂的に支持し、祝っていたという側面があります。国際的な非難とは裏腹に、国内世論の圧倒的な後押しが、日本を戦争へと突き進ませる強力な原動力となっていたのです。
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── 最後に、この記事のまとめとFAQでおさらいしましょう。
まとめ:満州事変から国際的孤立への「道程」
関東軍による張作霖爆殺と柳条湖事件は、政府が軍を統制できなくなった決定的な証拠でした。犬養毅の暗殺で民主主義は終わりを告げ、リットン報告書への反発から日本は国際連盟を脱退します。しかし、その危険な孤立の道は、経済的繁栄を夢見る国民の熱狂的な支持によって、強く支えられていたのが現実でした。
この記事のポイントは、以下の3つです。
‣政府の統制不能による軍部の独走
‣民主主義の崩壊と傀儡国家の樹立
‣国際連盟脱退と国民の熱狂的な支持
ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。
Q1.なぜ日本は国際連盟を脱退したのですか?
リットン調査団の報告書が、満州事変を正当な自衛と認めず、満州国の存続を否定したため、それを受け入れられなかったからです。
Q2.満州国とはどのような国でしたか?
清朝最後の皇帝・溥儀を元首としましたが、実権はすべて日本人の顧問や関東軍が握っており、実質的には日本の傀儡国家でした。
Q3.なぜ国民は戦争を支持したのですか?
満州の資源や土地が不況からの脱出につながると期待し、連戦連勝のニュースに高揚感を感じていたため、軍を強く支持しました。
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます
🖋この記事を書いた人🖋
Alex Kei(学び直し歴史ライター)
早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。🖋 この記事はどんな本を参考に?🖋

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