日中戦争と盧溝橋事件!勝ち目のない戦争始める|5分de探究#109

昭和・平成
日中戦争と盧溝橋事件!勝ち目のない戦争始める|5分de探究#109
たった一度のトイレ休憩が、泥沼の戦争を招いたとご存知ですか?


現場の暴走を誰も止められない無責任な組織構造と、相手を見くびり続けた致命的な油断。昭和史最大の失敗要因。その全貌を”5分”で紐解きます。

▼ この記事でわかること

Q. 盧溝橋事件はなぜ泥沼の日中戦争へ拡大したのか?


盧溝橋事件での偶発的衝突をきっかけに、現地軍の独断中国ナショナリズムを見誤った政府が戦線を拡大したからです。

北一輝の思想に触発された青年将校による二・二六事件は失敗しましたが、これが日本の全体主義の特異点を生み出します。誰も責任を取らない無責任な権力構造が定着し、陸軍と海軍の対立や官僚の妥協政治が横行。

その結果、盧溝橋での些細なトラブルが泥沼の日中戦争へと拡大しました。中国のナショナリズムを見誤り、勝算なき戦いに突入した当時の日本の失敗の本質と、昭和史の重大な転換点を解説します。

盧溝橋事件で泥沼化する「日中戦争」

北一輝:元は社会主義者だが、天皇を中心とした国家改造論へ転向し、青年将校に影響を与えた思想家。
二・二六事件:北一輝の思想を受けた陸軍将校らが、腐敗した政財界を正すために起こしたクーデター未遂。
革命的な断絶:欧州で見られたような、既存の体制を完全に破壊して新しい独裁体制を築く劇的な変化のこと。

欧州のファシズムが既存体制の革命的な断絶を伴ったのに対し、日本は少し事情が異なりました。北一輝に心酔した青年将校による二・二六事件は失敗しましたが、彼らの過激な思想は死にませんでした。むしろ事件後、その思想は亡霊のように軍部内に残り、静かに、そして確実に組織の深部へ浸透し続けたのです。


恐ろしいのはここからです。特定の独裁者がトップに立つのではなく、失敗したはずの過激な空気がそのまま軍部に残り、なし崩し的に体制側へじわじわと浸透していきました。明確な指導者がいないまま、国全体が危険な方向へとぬるっとシフトしてしまった点こそが、この時代の日本が持つ最大の特徴であり、闇でした。

🔍 つまりどういうこと?🔍

ドイツやイタリアのように今日から独裁という明確な区切りがあったわけではありません。クーデターの失敗後も過激な思想だけが残り、既存の政治システムの中に静かに毒のように回りました。そして、誰も気づかないうちに、国全体が引き返せない場所へと変質してしまった恐ろしさがあるということです。


誰も座っていない王座と絡まる蜘蛛の巣


── では、中心なき権力の正体を探りましょう。

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責任者不在で進む「奇妙な権力構造」

明治の寡頭政治:かつてクモの巣の中心にいた、強力なリーダーシップで国を牽引した少数の実力者たちのこと。
御前会議:天皇の面前で行われる最高会議だが、実際には各勢力の利害調整の場に過ぎなかった会議。
経済官僚:軍部とは異なる論理で動くが、軍を統制する力までは持てなかった行政のプロフェッショナル。

かつて国を導いた明治の寡頭政治家たちが去り、政党政治も力を失った後、日本の権力の中心であるクモの巣の真ん中には、文字通り誰もいない空白の状態が生まれました。陸軍と海軍は予算を巡って対立し、経済官僚も自分たちの領域を守るのに必死で、結果として誰も国家全体を強力に統括し、制御できていなかったのです。


結果として、政治は奇妙な妥協の産物になってしまいます。御前会議意思決定の場というより、各組織の顔を立てる調整の場と化していました。天皇は慣例により口出しせず、軍部を止める権限を持つ者が不在のまま、国の方針がその場の空気で決まっていくという、極めて不安定で危うい状況が続いてしまっていたのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

日本という巨大な組織を動かす社長が不在のまま、部長クラスである陸軍・海軍・官僚が互いに喧嘩や談合を繰り返していた状態です。誰が決定権を持っているのか、責任の所在が曖昧なまま、国の運命を左右する重要事項が次々と決まってしまうという、組織として致命的な欠陥を抱えていたということです。

💡 情報が混み合っていませんか?細かい時系列は、年号整理ページ にまとめてあります。是非ご活用ください。


盧溝橋の石畳と銃を構える兵士


── では、泥沼への引き金を引いてみましょう。

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トイレ休憩が招いた「泥沼の戦争」

盧溝橋事件:北京郊外で演習中の日本兵が行方不明になったことを発端とする、日中全面衝突のきっかけ。
南京大虐殺:首都南京の攻略戦において発生した、日本軍による市民や捕虜への大規模な残虐行為のこと。
汪兆銘政権:和平交渉に行き詰まった近衛文麿首相が、対抗馬として南京に樹立させた親日的な傀儡政府。

1937年、盧溝橋事件トイレに行っていた兵士の不在を誘拐と勘違いしたことから始まりました。現場の強硬な態度は、過去の戦争での成功体験から中国はすぐに屈するという甘い見通しに基づいていたのです。しかし、中国のナショナリズムは日本軍の想像をはるかに超えて成長し、強固なものになっていたのです。


日本軍は北京や上海、首都南京を制圧し、南京大虐殺のような惨劇を引き起こしても、中国政府を屈服させられませんでした。政府は広大な内陸部へ撤退し、持久戦を展開しました。近衛首相が汪兆銘政権を作っても効果はなく、日本は勝つための計画を持たないまま、果てしない泥沼の戦争へ深入りしてしまったのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

些細なミスと相手は弱いという思い込みで戦争を始めたものの、予想外の抵抗に遭い、引くに引けなくなった状態です。どのように終わらせるかという明確なゴール戦略がないまま、ただ戦線を拡大し続けるだけの悪循環に陥り、国力が無駄に浪費されていくのを止められなかったということです。


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── 最後に、この記事のまとめFAQでおさらいしましょう。

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まとめ:誰も止められぬ「暴走」

この時代の日本には強力な独裁者がいたわけではなく、誰も責任を取らない無責任の体系が戦争を拡大させました。現場の甘い見通しと、それを追認するだけの中央政府。一度回り始めた歯車を止める勇気と権限を持つ者がどこにもいなかったことが、この国を破滅へと導く最大の要因であり、悲劇なのです。
この記事のポイントは、以下の3つです。

革命なき連続的なファシズム化
責任者不在で無責任な権力構造の定着
中国ナショナリズムに対する過小評価

ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。

❓この記事のテーマに関するFAQ❓

Q1.なぜクーデター失敗後に軍の発言力が増したのですか?

実行犯は処罰されましたが、彼らの思想が軍内部に広く共感されていたため、結果的に軍全体の政治介入圧力が強まったからです。

Q2.天皇はなぜ軍の暴走を止めなかったのですか?

立憲君主としての慣例により、具体的な政策決定には口を出さなかったため、各勢力の対立調整役にとどまったからです。

Q3.なぜ日本は中国に勝てると誤解したのですか?

日清戦争以降の成功体験から、一撃を与えればすぐに交渉に応じると信じ込み、中国国民の抵抗意志を見くびっていたからです。

各時代の FAQ は、FAQまとめページ で一気見できます。是非ご活用ください。

[主な参考資料]
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます

🖋この記事を書いた人🖋

Alex Kei(学び直し歴史ライター)

早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。
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