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戦国〜江戸
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今川義元
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戦国〜江戸
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  1. ご参考までにまとめておきます。

    今川義元(1519~1560)

    大河ドラマやゲームでは、お歯黒をして厚化粧をし、公家言葉で「おじゃる」と喋る軟弱なデブキャラとして描かれがちな今川義元。
    桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られたという結末があまりに有名すぎて、日本史上最も過小評価、あるいは誤解されている人物の一人と言っても過言ではありません。
    ここは一度、あの白塗りのイメージを完全に拭い去って、素顔の彼を判定しましょう。

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    1.能力判定:有能 vs 無能
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    結論から言えば、彼は政治家としても軍人としても「超有能」です。
    まず、内政手腕がずば抜けています。分国法である「今川仮名目録」を追加制定し、領国内の統治システムを盤石にしました。検地を徹底して行い、商業を保護し、寄親・寄子制を整備して軍事動員力を極限まで高めました。
    これらは後に、彼の人質であった徳川家康や、敵対した織田信長がお手本にした政策であり、彼はある意味で「戦国大名の完成形」とも呼べる先進的な存在でした。

    外交においても、宿敵であった武田・北条と「甲相駿三国同盟」を締結して背後の憂いを断ち、満を持して上洛(または尾張侵攻)を開始しています。
    当時の今川家は「海道一の弓取り」と称され、経済力・軍事力・文化水準ともに東日本最強クラス。桶狭間での敗北は、あくまで油断と不運が重なった「交通事故」のようなもので、それまでの過程にミスらしいミスは見当たりません。

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    2.性格判定:聖人 vs クズ
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    では、人間性や性格はどうでしょうか。
    彼は五男として生まれながら、家督争い(花倉の乱)を制して当主の座を勝ち取りました。その過程では、対立する異母兄派を容赦なく粛清し、反対勢力を徹底的に叩き潰しています。ここには、冷徹なリアリストとしての側面(クズ要素?)が垣間見えます。

    また、実母である寿桂尼(女戦国大名とも呼ばれる傑物)や、伝説的な軍師・太原雪斎への依存度が高かったという見方もあります。彼らが存命の間は最強でしたが、雪斎の死後、急速に綻びが出始めたとも言われます。
    しかし一方で、荒廃した京の文化を保護し、駿府に公家や文化人を招いて「小京都」と呼ばれる高度な文化圏を築いた教養人でもありました。戦乱の世において、領民に安定と平和を提供したという点では、間違いなく「名君(聖人)」だったと言えるでしょう。

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    ■ 総評
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    「桶狭間で負けた」という一点だけで、400年以上も「麻呂(マロ)」扱いされ、馬鹿にされ続けてきた彼。
    もしあの時、雨が降らず、信長の奇襲を事前に察知して返り討ちにしていたら、天下を取っていたのは間違いなく義元であり、家康も信長も歴史の敗者として消えていたでしょう。
    彼は「時代を読み違えた旧世代の象徴」なのか、それとも「ただ運が悪かっただけの天才」なのか。
    ステレオタイプなイメージを捨てて、フラットな視点での判定をお願いします。

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