淀殿(茶々)は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!戦国〜江戸TwitterFacebookLINEコピーコメント 2026.01.24 【現在の投票数:2 票】 淀殿(茶々)は、有能な英雄?無能なクズ?みんなで投票して決定!?淀殿(茶々)は【〇〇な〇〇】 ↓あなたの評価を投票してください↓投票後コメント欄が出現します。※1日1回投票可能です。有能なクズ有能な聖人無能なクズ無能な聖人
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さて、今回取り上げるのは、戦国史上もっとも有名な女性の一人であり、同時に「日本三大悪女」の一角として長く語られてきた人物、浅井茶々こと「淀殿」です。
彼女の評価は、江戸時代の徳川史観によって著しく貶められた側面がある一方で、当時の一次資料を紐解いてもなお、擁護しきれない「強烈なエゴ」が見え隠れします。
管理人の私見として、彼女の「能力」と「性格」について、以下の通り史実ベースで整理してみましょう。
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【能力評価:無能か、有能か】
結論から言えば、彼女は「政治家としては極めて有能だが、外交官としては無能」でした。
巷で言われるような、ただヒステリックに喚き散らすだけの女性ではありません。秀吉の死後、幼い秀頼の後見人として大坂城の実権を握ったのは彼女です。当時の書状を確認すると、彼女は豊臣家の家政を取り仕切り、大名の妻たちを統率し、独自の政治命令を発するほどの実務能力を持っていました。あの徳川家康と渡り合い、関ヶ原の戦いの後も10年以上、豊臣家を一大勢力として維持させた手腕は並大抵のものではありません。
しかし、その「維持」への執着が彼女の目を曇らせました。時代の趨勢が徳川に傾いている現実を直視できず、「豊臣こそが主君である」という建前に固執しすぎたのです。家康という老獪な怪物を相手にするには、彼女のプライドは高すぎ、柔軟性はあまりに低すぎました。
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【性格評価:聖人か、クズか】
ここが判定の分かれ目です。彼女の性格を形成したのは、二度の落城(小谷城、北ノ庄城)で両親と義父を失った壮絶なトラウマと、信長の姪・秀吉の側室という「超・高貴な血筋」への誇りです。
彼女に関する悪評の多く(北政所との確執、大野治長との不義密通疑惑、贅沢三昧など)は、後世の創作や誇張が含まれています。しかし、同時代の公家の日記などからも、彼女が周囲に対して非常に高圧的であり、自分の意に沿わない意見を徹底的に排除する傾向があったことは読み取れます。
特に大坂の陣において、前線で戦う真田信繁(幸村)ら浪人衆の作戦案を却下し、息子・秀頼の出馬を阻んだ過保護ぶりは、結果として豊臣家滅亡の引き金を引きました。「息子可愛さ」が「家の存続」より優先されてしまった点において、指導者としては「クズ(無責任)」と判定されても仕方がない側面があります。
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【総評】
彼女は、戦国の世を終わらせるために生贄にされた「悲劇のヒロイン」なのか、それとも自らの驕りと強欲によって名家を食いつぶした「国傾けの魔女」なのか。
気位の高さが能力を邪魔し、母性が判断力を狂わせた。
有能な統治者になり得た資質を持ちながら、最悪のタイミングで最悪の選択をし続けた彼女を、皆さんはどう判定しますか?
それでは、議論を開始してください。