木戸孝允は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!幕末〜明治TwitterFacebookLINEコピーコメント 2026.01.27 【現在の投票数:1 票】 木戸孝允は、有能な英雄?無能なクズ?みんなで投票して決定!?木戸孝允は【〇〇な〇〇】 ↓あなたの評価を投票してください↓投票後コメント欄が出現します。※1日1回投票可能です。有能なクズ有能な聖人無能なクズ無能な聖人
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【対象:木戸孝允】管理人コメント
「逃げの小五郎」こと桂小五郎。維新の三傑の一人でありながら、どこか陰のあるインテリ、木戸孝允。彼の評価は「先見の明を持つ天才」と「神経質なメンヘラ」の間で揺れ動きます。
【能力面】において、彼の構想力と知性は幕末・明治を通じてトップクラスでした。
剣豪でありながら「練兵館の塾頭」を務めるほどの腕前を持ちつつ、極力剣を抜かずに話し合いや政治工作で物事を解決しようとしたリアリストです。薩長同盟の締結、五箇条の御誓文の起草・修正、版籍奉還の実現など、明治国家の「理念」や「精神的支柱」を作ったのは間違いなく彼です。また、岩倉使節団では憲法制定の必要性を誰よりも早く痛感し、民主的な政治体制の確立を急ぎました。教育の普及や法治国家の建設に情熱を注いだ点は、文治政治家として極めて有能であったと言えます。
一方で【性格面】は、非常に人間臭く、かつ「面倒くさい」人物でした。
「逃げの小五郎」の異名は、池田屋事件や蛤御門の変など、命の危険がある修羅場から巧みに逃げ延びたことから来ています。これを生存戦略と呼ぶか、仲間を見捨てた卑怯者と呼ぶかは議論の余地があります。
また、極度の神経質で、日記には同僚への不満や愚痴、陰口が延々と書き連ねられています。大久保利通の強引なやり方に反発してすぐに「辞めてやる」とスネて引きこもったり、心労で胃痛やノイローゼに悩まされたりと、精神的なタフさに欠ける一面がありました。そのストレス発散のためか、酒癖が悪く、京都の芸妓・幾松(後の妻)とのロマンスに代表されるように女性関係も派手でした。
晩年は西南戦争で西郷が挙兵したことに心を痛め、病床で「西郷、いい加減にせんか」とうわ言を言いながら亡くなったと言われています。理想と現実のギャップに誰よりも苦しみ、繊細すぎる神経をすり減らして早死にした彼。その弱さは、人間としての魅力なのか、それともリーダーとしての器量不足なのか。有能な頭脳を持ちながら、精神がそれに追いつかなかった悲劇の天才について、皆様の審議をお願いします。