乃木希典は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!

幕末〜明治
【現在の投票数:2 票】
乃木希典は、有能な英雄?無能なクズ?
みんなで投票して決定!?
乃木希典
【〇〇な〇〇】

↓あなたの評価を投票してください↓
投票後コメント欄が出現します。
※1日1回投票可能です。

幕末〜明治
大人の日本史学び直し。

コメント欄 [スレッド上限:5階層]※暴言等含むコメントは非表示

  1. ご参考に。

    ■判定対象:乃木希典(のぎ まれすけ)
    ■役職:第3軍司令官(陸軍大将)
    ■判定テーマ:【軍神か、愚将か、ただの悲劇の父親か】

    ————————————————–
    【能力評価:近代戦の洗礼に溺れた「旧時代の武士」】
    彼を「無能」と断じる声は、日露戦争・旅順攻囲戦での指揮に集中しています。
    コンクリートで固められ、機関銃と鉄条網で守られた近代要塞に対し、彼は「肉弾戦」という名の正面突撃を繰り返しました。その結果、わずか数キロの前進のために約6万人もの死傷者を出し、戦場は死体の山となりました。この惨劇から、司馬遼太郎をはじめ多くの歴史家や作家が彼を「兵士を無駄死にさせた愚将」と酷評しています。
    しかし、擁護すべき点もあります。当時は世界中の軍隊が機関銃に対する有効な対抗策を持っていなかった過渡期であり、乃木一人の責任にするのは酷だという見方です。また、最終的に要塞を攻略したのは、彼の精神的な粘り強さと、息子すら犠牲にする覚悟が全軍を支えたからだとも言えます。とはいえ、親友である児玉源太郎が介入するまで有効な打開策を見出せなかった点において、軍司令官としての戦術能力は「Dランク(落第)」と言わざるを得ません。彼は作戦指揮官ではなく、精神的支柱という役割しか果たせなかったのです。

    【性格評価:誰よりも自分を責め続けた「聖人」】
    指揮官としての評価は割れますが、人間性に関しては「聖人」の領域に達しています。
    彼は旅順攻囲戦で、自身の長男・勝典と次男・保典の両方を戦死させています。周囲は息子の遺骨だけでも先に日本へ送ろうとしましたが、彼は「他の兵士と同じように扱え」と拒否し、現地の土に埋めさせました。
    戦後、彼は凱旋将軍として熱狂的に迎えられましたが、本人は「多くの兵を殺した自分が合わせる顔はない」とふさぎ込みました。その後の人生は贖罪そのものでした。私財を投げ打って戦死者の遺族を支援し、手足を失った兵士のために義手を贈る活動に奔走しました。学習院院長として昭和天皇の教育係を務めた際も、質素倹約と武士道を説き続けました。
    明治天皇の崩御に合わせて妻と共に自刃した最期は、現代の感覚では理解し難いですが、彼なりの「けじめ」であり、その生涯を通じて私利私欲を持たず、武士としての美学を貫き通した姿勢は、クズとは対極に位置する高潔なものです。

    ————————————————–
    【総評】
    当委員会としては、能力面では「近代戦不適合」、性格面では「真正の武人」と判定します。
    彼は「生まれてくる時代を間違えた悲劇の将軍」です。刀と槍で戦う戦国時代であれば名将として称えられたでしょうが、大量殺戮兵器が支配する20世紀の戦争には、あまりに情緒的で人間臭すぎました。
    彼を「愚将」と罵ることは簡単ですが、彼自身が誰よりもその無能さを自覚し、死ぬ瞬間まで数万の英霊への謝罪に生きたことを思うと、単なるクズとして切り捨てることはできません。

    0
    0
タイトルとURLをコピーしました