豊臣秀吉は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!

戦国〜江戸
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豊臣秀吉は、有能な英雄?無能なクズ?
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豊臣秀吉
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戦国〜江戸
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  1. 【管理人コメント:豊臣秀吉】

    ■判定テーマ:陽気な英雄か、血塗られた独裁者か

    偉人クズ判定委員会へようこそ。
    今回のターゲットは、戦国一の出世頭「豊臣秀吉」。
    「サル」という愛称や、信長の草履を懐で温めたエピソードから、人たらしの人気者というイメージが強い彼ですが、その人生を解剖すると「能力の極致」と「性格の破綻」が同居する、極めて歪な巨人の姿が浮かび上がってきます。史実に基づき、彼の光と闇を整理します。

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    【1】能力値:SSS(歴史上屈指の天才)
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    まず、能力に関しては「有能」という言葉では足りないレベルの天才です。

    1.驚異的な実務・調整能力
    農民(足軽)出身でありながら、織田家中で瞬く間に頭角を現した理由は、単なる愛嬌ではありません。「墨俣一夜城」に代表される調達・土木能力、そして「金ヶ崎の退き口」で見せた危機管理能力。何より、敵を味方につける交渉術は魔法の域でした。

    2.システム構築力
    彼が天下を取ってから行った「太閤検地」と「刀狩り」。これにより、日本の土地制度と兵農分離が完成しました。現代に続く日本の社会構造の基礎を作ったのは、間違いなく秀吉です。旧来の権威を破壊した信長に対し、秀吉は新しい秩序を創造しました。この政治手腕は、徳川家康ですら模倣せざるを得なかったものです。

    3.スピード感
    本能寺の変を知ってからの「中国大返し」。あの行軍速度と、即座に明智光秀を討つ決断力。チャンスを掴む嗅覚と実行力において、彼の右に出る者はいません。

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    【2】性格(クズ度):A(晩年はS級の老害)
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    問題はここです。若い頃の「人たらし」エピソードで中和されがちですが、権力を握ってからの秀吉、特に晩年の彼は、擁護不能な「クズ」エピソードの宝庫です。

    1.千利休への仕打ち
    自身の美的感覚の師であり、政権の重鎮でもあった千利休に切腹を命じた事件。理由は諸説ありますが、絶対権力者が芸術家の才能に嫉妬し、あるいは自身の権威への脅威を感じて抹殺したとすれば、器の小ささが露呈しています。

    2.殺生関白・秀次事件(ここが一番のクズポイント)
    自身の甥であり、関白の地位を譲っていた豊臣秀次を高野山へ追放し、切腹させた事件。これだけでも酷いですが、秀吉は京都の三条河原で、秀次の妻妾や幼い子供たち30名以上を処刑しました。
    命乞いをする女性や子供を次々と斬首し、その遺体を穴に放り込んで「畜生塚」を作らせる。これは「保身」や「政治」の理屈を超えた、純粋なサディズムと狂気です。この一件で、豊臣家を支える大名たちの心は完全に離れました。

    3.朝鮮出兵の泥沼
    明の征服という妄想に取り憑かれ、無謀な朝鮮出兵(文禄・慶長の役)を強行。現場の諸将が疲弊し、和睦を模索しても許さず、戦果として敵兵の耳や鼻を削いで送らせた(耳塚)。多くの兵士と現地の民衆を無意味な死に追いやった、晩年の暴走です。

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    ■総評:権力が怪物を産んだ
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    豊臣秀吉は、「日本史上最も有能な人物」であると同時に、権力によって「最も性格が歪んでしまった人物」と言えるでしょう。
    若い頃の快活な秀吉と、晩年の疑心暗鬼に満ちた秀吉。果たして彼は、最初から冷酷さを隠し持っていたのか、それとも天下という魔物が彼を変えたのか。

    皆さんは、この「天下人」をどう判定しますか?
    彼の作り上げた平和とシステムの功績を取るか、晩年の虐殺と暴走を断罪するか。
    コメント欄で激論をお待ちしています。

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