▼ この記事でわかること
明治の経済は、不平等条約による関税制限と最恵国待遇に縛られた不利な貿易から始まりました。生糸などの輸出は拡大しましたが、安価な輸入品の流入や急激なインフレは庶民生活を直撃します。
その後、松方財政によるデフレを経て、日本は植民地を市場とする二重構造の経済を形成しました。世界水準の近代的な軍需産業が発展する一方で、農村部は旧態依然とした貧しさが残るという、歪な発展を遂げることになります。
明治の貿易と不平等条約下の「二重構造」
明治日本は資源確保のために海外貿易へ乗り出しましたが、そこには大きな壁がありました。それが西洋列強に押し付けられた不平等条約です。「協定関税制」により、日本は輸入品に関税をかけて国内産業を守ることができませんでした。安くて品質の良い西洋製品が大量に流れ込み、日本の伝統的な手工業は大打撃を受けたのです。
さらに「片務的最恵国待遇」が事態を複雑にします。例えばアメリカと関税5%で合意しても、後でイギリスと4%で合意すれば、自動的にアメリカも4%になってしまうのです。この「自由貿易」の名を借りた極めて不公平なルールの下で、日本経済は近代化のスタート早々から、世界市場の荒波に激しく揉まれることになったのです。
🔍 つまりどういうこと?🔍
不平等条約によって、日本は自分の国を守るための「関税」という盾を奪われていました。その結果、西洋のルールで無理やり貿易の土俵に上げられ、国内産業が育つ前から厳しい国際競争にさらされます。これは丸腰で戦場に出るようなものであり、経済的な自立を阻む大きな足かせとなってしまったのです。
── では、この貿易が庶民の生活をどう変えたのかを見ていきましょう。
輸出の光と影で激動する「国内産業と生活」
貿易の開始は一部の人にはチャンスでした。特に日本の「生糸」は海外で大人気となり、養蚕農家は大儲けします。しかし国内の生糸が輸出に回されたことで価格が暴騰しました。京都の織物職人たちは材料を買えずに相次いで失業し、町奉行が暴動に備える対策を迫られるほど、深刻な社会不安が急速に広がってしまったのです。
同時に貨幣制度の混乱による激しい「インフレーション」が襲います。商人たちは利益を上げましたが、日雇い労働者や武士の生活は困窮しました。大阪では10年間で「実質賃金」が半分になるほど悪化します。貿易による利益は国全体に行き渡らず、勝ち組と負け組の格差を決定的に広げ、人々の暮らしを脅かすことになりました。
🔍 つまりどういうこと?🔍
貿易の拡大は国を豊かにしたように見えますが、その恩恵は極めて偏っていました。物価高騰と産業構造の急激な変化により、一部の商人が潤う一方で、多くの庶民にとっては「生活が苦しくなっただけ」という過酷な現実がありました。経済成長の裏側で、深刻な格差社会が静かに進行していたということです。
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── では、その後の日本経済がどのような形に落ち着いたのかを確認しましょう。
財政再建と植民地で形成された「二重構造」
膨らんだ貿易赤字と混乱を収拾したのが、薩摩出身の「松方正義」でした。彼の厳しいデフレ政策は農民に塗炭の苦しみを与えましたが、通貨は安定し企業が成長する土台が整います。さらに日清・日露戦争を経て獲得した台湾や朝鮮は、日本企業にとって競争のない「専属市場」となり、経済発展を強力に下支えすることになりました。
こうして日本経済は、世界水準の重工業やインフラを持つ「近代的な顔」と、電気も通らず地主が支配する「前近代的な農村」という「二重構造」を持つに至ります。農村は兵士と食料の供給源として、貧しいまま意図的に据え置かれたのです。この社会構造の深刻な歪みは解消されることなく、昭和の戦争まで色濃く残ることになりました。
🔍 つまりどういうこと?🔍
日本は急速な近代化に成功しましたが、それは農村の犠牲と植民地支配の上に成り立つ不安定なものでした。ピカピカの軍艦と、江戸時代と変わらない農村の風景。この極端なコントラストこそが戦前日本の正体であり、国力を支える足元は非常にもろく、危ういバランスの上に成り立っていたといえるでしょう。
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── 最後に、この記事のまとめとFAQでおさらいしましょう。
まとめ:明治の経済発展と「残された課題」
明治の日本は、不平等条約というハンデを背負いながら世界経済に組み込まれました。輸出によるインフレや松方財政のデフレを経て、日本は「近代産業」と「貧しい農村」が同居する二重構造の国家へと変貌します。
この記事のポイントは、以下の3つです。
‣不平等条約による関税制限の協定関税制
‣輸出拡大による物価上昇と賃金低下
‣近代と前近代が混在する経済の二重構造
ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。
Q1.生糸の輸出が増えたのに、なぜ国内で失業者が増えたのですか?
輸出需要で生糸の価格が高騰し、国内の織物業者が原料を買えなくなったからです。京都などでは多くの職人が職を失いました。
Q2.「経済の二重構造」とは、簡単に言うとどういう状態ですか?
世界レベルの近代産業と、江戸時代と変わらない貧しい農村社会が、同じ国の中に別世界のように並存している状態のことです。
Q3.農村部が貧しいままであることに、政府のメリットはあったのですか?
はい。貧困な生活から抜け出したい若者を、軍隊への徴兵という形で安価かつ大量に確保できる供給源となっていたからです。
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます
🖋この記事を書いた人🖋
Alex Kei(学び直し歴史ライター)
早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。🖋 この記事はどんな本を参考に?🖋

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