| 年号(時期) | 出来事名 |
|---|---|
| 500年代中期頃 | 仏教の伝来 |
| 朝鮮半島を経由して中国から日本に仏教が伝わる。当初は蘇我氏などの貴族によって広められ、非常に貴族的な宗教であった。 | |
| 645年 | 大化の改新(蘇我氏に対するクーデター) |
| 蘇我氏が倒され、その後1世紀半にわたり中央集権的な国家建設が進む。中国スタイルの官僚機構や首都建設が始まる一方で、皇室内や氏族間の争いは継続した。 | |
| 750年代頃 | 『万葉集』の編纂 |
| 大伴家持によって編纂されたとされる日本最古の歌集。4,500首以上の詩が収められ、短歌、長歌、漢詩など多様なスタイルを含み、貴族だけでなく一般庶民の歌も収録されている点が特徴。「万葉仮名」という漢字の音を借りた表記法が使われている。 | |
| 780年 | 伊治呰麻呂(いじのあざまろ)の乱 |
| 東北地方のエミシの拠点攻撃中、日本の同盟者であった伊治呰麻呂が反乱を起こす。これにより日本軍は壊滅的な敗北を喫し、泥沼の「三十八年戦争」へと突入する。 | |
| 781年 | 桓武天皇の即位 |
| 光仁天皇の後を継ぎ、桓武天皇が即位。天武系ではなく天智系の皇統であり、当初は藤原氏の影響下にあったが、徐々に強力なリーダーシップを発揮し始める。 | |
| 784年 | 長岡京への遷都計画 |
| 奈良の仏教勢力や既存の氏族の影響力を削ぐため、桓武天皇は長岡京への遷都を提案・実行する。この地は桓武の母方の実家や藤原種継の地盤であった。 | |
| 785年 | 藤原種継暗殺事件/最澄の比叡山入山 |
| 長岡京建設の責任者であった藤原種継が暗殺される。大伴氏や佐伯氏、さらには桓武の弟である早良親王が関与を疑われ処分された。また同年、最澄が東大寺を出て比叡山に小さな僧院を設立する。 | |
| 794年 | 平安京(京都)への遷都/征夷大将軍の任命 |
| 長岡京の失敗(洪水や怨霊騒ぎ)を受け、桓武天皇は「平安京」へ遷都。以後1000年以上の都となる。同年、大伴弟麻呂が初の「征夷大将軍」に任命され、エミシ征討の指揮を執る。 | |
| 800年代初期 | 天台宗・真言宗の確立と軍制改革 |
| 最澄が天台宗(延暦寺)を、空海が真言宗(高野山・東寺)を広める。これらは奈良仏教に対抗し、朝廷の保護を受ける「貴族仏教」として発展した。また、エミシ対策として徴兵制が廃止され、職業軍人(後の武士)による「健児(こんでい)」制度などへの移行が始まる。 | |
| 810年 | 薬子の変(平城太上天皇の変) |
| 退位していた平城上皇が、愛人である藤原薬子と共に権力復帰を試み、平安京とは別に奈良から命令を出して朝廷を混乱させた事件。嵯峨天皇側が勝利し、平城上皇は出家、薬子は自殺した。 | |
| 842年 | 承和の変 |
| 嵯峨上皇の死の直後、藤原良房らが恒貞親王らによるクーデター計画があったとして排斥した事件。良房らが仕組んだとも言われ、これにより藤原北家の権力基盤が固まり、良房の甥である文徳天皇の即位への道が開かれた。 | |
| 858年 | 藤原良房、初の人臣摂政に |
| 文徳天皇の死後、9歳の清和天皇が即位。藤原良房は皇族以外で初めて「摂政」の座に就き、幼い天皇に代わって政治を行う先例を作った。 | |
| 880年代後半 | 和歌の復権と藤原基経の関白就任 |
| 藤原基経が成人の天皇を補佐する「関白」という地位を創設。文化面では、中国(唐)の衰退や女性の政治的地位向上に伴い、漢詩に代わって「和歌」が公的な場での重要性を回復し始める。 | |
| 902年 | 延喜の荘園整理令 |
| 醍醐天皇の下、藤原氏の影響力が一時的に弱まった時期に発令された。新しい荘園の創設を禁止し公領を守ろうとしたが、大きな効果は得られず、その後も荘園の拡大は続いた。 | |
| 905年 | 『古今和歌集』の成立 |
| 紀貫之らによって編纂された最初の勅撰和歌集。仮名序において和歌の美学(心・言葉・様)が定義され、その後の日本文学の基準となった。 | |
| 930年代〜940年 | 平将門の乱/藤原純友の乱 |
| 関東で平将門が「新皇」を名乗り独立政権樹立を試みる(939年)。同時期に瀬戸内海で藤原純友が海賊を率いて反乱を起こす。将門の乱は政府軍ではなく、平貞盛ら他の武士によって鎮圧され、武士の実力が中央に認識される契機となった。 | |
| 900年代〜1000年代 | かな文学・女流文学の隆盛 |
| ひらがなの発達と共に、女性による日記文学(『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『更級日記』)や物語文学が発展。紫式部の『源氏物語』や清少納言の『枕草子』が書かれ、「もののあわれ」や随筆といった日本独自の文学的感性が確立された。 | |
| 1017年〜1068年 | 藤原頼通の摂関政治 |
| 藤原頼通が50年以上にわたり摂政・関白を務め、藤原氏の権勢が頂点に達する。しかし、頼通の娘たちに皇子が生まれなかったことで、藤原氏と血縁の薄い天皇の即位を許すことになる。 | |
| 1051年〜1063年 | 前九年の役 |
| 陸奥国で半独立勢力化していた安倍氏に対し、源頼義・義家親子が介入した戦争。武士同士の私的な紛争の側面が強かったが、これにより清和源氏が東国武士の間で名声を高めることになった。 | |
| 1069年 | 延久の荘園整理令 |
| 藤原氏を外戚に持たない後三条天皇が、荘園の拡大を抑制するために発令。記録所を設置して審査を行ったが、藤原氏などの抵抗により完全な解決には至らなかった。 | |
| 1083年〜1087年 | 後三年の役 |
| 陸奥の清原氏の内紛に源義家が介入した戦い。朝廷はこれを「私戦」と見なし、義家に報酬を与えず自宅軟禁としたが、義家の武名はさらに高まった。 | |
| 1086年頃〜 | 院政の開始 |
| 白河天皇が退位後も上皇(院)として権力を振るい始める。藤原摂関家に対抗するため、独自の荘園を集積し、受領や武士(特に平氏)を登用して「権門」としての皇室の力を再構築した。 | |
| 1156年 | 保元の乱 |
| 鳥羽法皇の死後、皇位継承(後白河天皇vs崇徳上皇)と藤原氏の内紛(忠通vs頼長)が結びついて発生した武力衝突。平清盛・源義朝の夜襲により後白河側が勝利。戦後、薬子の変以来約350年ぶりに死刑が執行され、武力が政治を解決する前例となった。 | |
| 1159年〜1160年 | 平治の乱 |
| 後白河院近臣間の対立(信西vs藤原信頼)に、平清盛と源義朝の対立が加わり発生。清盛の不在を狙ってクーデターが起きるが、帰京した清盛が信頼・義朝軍を壊滅させる。義朝は敗走中に殺害され、子の頼朝は伊豆へ流罪となった。 | |
| 1167年 | 平清盛、太政大臣に就任 |
| 平氏の権力が頂点に達し、清盛が武士として初めて太政大臣となる。既存の貴族制度の中で権力を独占し、娘を天皇に入内させて外戚政治を行った。 | |
| 1177年 | 鹿ケ谷の陰謀 |
| 反平氏勢力による清盛排斥計画が発覚。関係者は処罰され、清盛と後白河法皇の関係が悪化する契機となった。 | |
| 1179年〜1180年 | 治承三年の政変/福原京遷都計画/以仁王の令旨 |
| 清盛がクーデターを起こし、後白河法皇を幽閉して政権を掌握(治承三年の政変)。1180年には孫の安徳天皇を即位させ、福原への遷都を強行(すぐに失敗)。これに対し以仁王が平氏追討の令旨を出し、源頼朝らが挙兵した。同年、清盛は南都(奈良)の寺院を焼き討ちにした直後に病死した。 | |
| 1180年〜1185年 | 治承・寿永の乱(源平合戦) |
| 源氏(頼朝・義経・義仲ら)と平氏の内戦。頼朝は東国の武士をまとめ上げ、弟の義経らが実戦指揮を執った。1185年の壇ノ浦の戦いで平氏は滅亡し、安徳天皇は入水した。 | |
| 1185年 | 守護・地頭の設置権獲得 |
| 平氏滅亡後、源頼朝は朝廷から全国に守護(軍事・警察)と地頭(荘園管理・徴税)を設置する権限を認めさせる。これにより東国の軍事政権が全国的な行政権を持つ基礎ができた。 | |
| 1192年 | 鎌倉幕府の成立 |
| 後白河法皇の死後、源頼朝は征夷大将軍に任命される。頼朝はこれを恒久的な行政職として利用し、日本初の武家政権(鎌倉幕府)を確立した。 | |
| 1199年〜1203年 | 頼朝の死と北条氏の台頭 |
| 頼朝の急死後、若き2代将軍・頼家を巡り権力闘争が発生。頼家の外戚である比企氏と、母方の北条氏(時政・政子)が対立し、1203年に北条氏が比企氏を滅ぼし頼家を追放・殺害した。 | |
| 1219年 | 源実朝暗殺事件 |
| 3代将軍・実朝が、頼家の息子である公暁によって鶴岡八幡宮で暗殺される。公暁も処刑され、源氏の将軍直系が断絶。幕府は指導者不在の危機に陥る。 | |
| 1221年 | 承久の乱 |
| 後鳥羽上皇が幕府打倒の兵を挙げるが、北条政子の檄によって結束した幕府軍に敗北。後鳥羽上皇らは配流され、幕府の支配力が西国や皇室にも及ぶようになった。 | |
| 1226年 | 摂家将軍の擁立と執権政治の確立 |
| 北条政子の死後、京都から藤原頼経(当時幼少)を傀儡の将軍として迎え入れ、北条氏が「執権」として実権を握る政治体制が確立された。 | |
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