| 年号(時期) | 出来事名 |
|---|---|
| 1917年 | 金本位制からの離脱 |
| 第一次世界大戦中の産業への資金提供を助けるため、日本は金本位制を離脱しました。これにより、政府が保有する金の量に経済規模が制限されなくなり、戦時の経済成長が可能となりました 。 | |
| 1928年 | 張作霖爆殺事件 |
| 関東軍の河本大作らが、満州の軍閥である張作霖を暗殺しました。田中義一首相は辞任に追い込まれましたが、軍部への処罰は行われず、軍の過激化を招く結果となりました 。 | |
| 1929年秋〜 | 世界恐慌の影響波及 |
| 世界恐慌により日本の農業輸出品(米や生糸)の価値が急落し、農村所得が激減しました 。 | |
| 1930年冬 | 金解禁(金本位制への復帰) |
| 立憲民政党政権下で金本位制への復帰が行われましたが、不況下での実施により経済混乱を招き、政党政治への信頼失墜の一因となりました 。 | |
| 1931年9月18日 | 満州事変(柳条湖事件) |
| 関東軍が南満州鉄道の線路を爆破し、これを中国側の仕業として満州全土の占領を開始しました。若槻禮次郎内閣は軍を制御できず総辞職しました 。その後、溥儀を執政とする傀儡国家「満州国」が樹立されました 。 | |
| 1932年5月15日 | 五・一五事件 |
| 犬養毅首相が海軍の急進的な将校らによって暗殺されました。これにより政党政治は事実上終焉を迎えました 。 | |
| 1933年 | 国際連盟脱退 |
| リットン調査団の報告書を受けて、松岡洋右全権が国際連盟からの脱退を表明しました 。 | |
| 1936年2月26日 | 二・二六事件 |
| 北一輝の思想に影響を受けた陸軍青年将校らがクーデター未遂を起こしましたが失敗に終わり、首謀者らは処刑されました 。 | |
| 1937年7月7日 | 盧溝橋事件(日中戦争勃発) |
| 北京郊外での日本軍と中国軍の衝突をきっかけに全面戦争へ突入しました 。年末には南京が陥落し、南京大虐殺が発生しました 。また、同年には『国体の本義』が出版され、ファシスト的イデオロギーが広められました 。 | |
| 1940年 | 新体制運動・日独伊三国同盟 |
| 近衛文麿首相により政党が解散され「大政翼賛会」が結成されました 。対外的には松岡洋右外相の主導で日独伊三国同盟が締結され、アメリカとの対立が決定的となりました 。また、資源確保のため仏領インドシナへの進駐を開始しました 。 | |
| 1941年 | 対日石油禁輸・太平洋戦争開戦 |
| 8月、アメリカによる石油禁輸措置が実施されました 。10月に東條英機が首相に就任 。12月、真珠湾攻撃を行い、対米戦争が開始されました 。 | |
| 1945年8月〜9月 | 敗戦と占領開始 |
| 8月15日、昭和天皇による玉音放送で戦争が終結 。9月2日、戦艦ミズーリ号で降伏文書に調印 。マッカーサー元帥率いる連合国軍最高司令官総司令部(SCAP/GHQ)による占領統治が始まりました 。軍の解体や財閥解体などの改革が行われました 。 | |
| 1946年 | 人間宣言・日本国憲法公布 |
| 1月1日、天皇が神格性を否定する「人間宣言」を行いました 。SCAP主導で新憲法が起草され(2月)、男女平等や戦争放棄(第9条)などが盛り込まれました 。また、戦後初の選挙で自由党が勝利しましたが、鳩山一郎は公職追放されました 。 | |
| 1947年 | 日本国憲法施行・片山哲内閣 |
| 新憲法が施行されました 。選挙で社会党が勝利し、片山哲による連立政権が誕生しましたが、短命に終わりました 。二・一ゼネストがマッカーサーによって中止させられるなど、「逆コース」の兆しが見え始めました 。 | |
| 1949年〜1950年 | レッドパージ・朝鮮戦争 |
| 冷戦の激化に伴い、共産主義者を公職から追放するレッドパージが行われました 。1950年の朝鮮戦争勃発により、日本はアメリカの同盟拠点としての重要性を増し、再軍備(警察予備隊、後の自衛隊)が進められました 。 | |
| 1951年9月8日 | サンフランシスコ平和条約・日米安保条約 |
| 吉田茂首相が平和条約に署名し、日本の主権回復が決まりました。同時に旧日米安全保障条約も署名され、米軍の駐留が継続されることになりました 。 | |
| 1952年 | 占領終了 |
| 春に占領が終了しました 。沖縄は引き続きアメリカの施政下に置かれました 。 | |
| 1955年 | 55年体制の成立 |
| 自由党と民主党が合併し、自由民主党(自民党)が結成されました。また、社会党も再統一されました(後に民社党が分裂) 。 | |
| 1960年 | 安保闘争・池田内閣発足 |
| 岸信介首相による新安保条約の強行採決に対し、大規模な抗議運動(安保闘争)が発生しました。アイゼンハワー大統領の訪日は中止され、岸は辞任しました 。後任の池田勇人は「所得倍増計画」を発表し、政治の争点を経済へシフトさせました 。同年、社会党の浅沼稲次郎が暗殺されました 。 | |
| 1960年代後半〜 | 高度経済成長期 |
| 日本のGNPは目標よりも早く倍増し(1966年)、世界第2位の経済大国への道を歩みました 。急速な都市化が進み、人口動態が変化しました 。 | |
| 1972年 | 沖縄返還 |
| アメリカから日本へ沖縄が返還されましたが、米軍基地の使用継続が条件となりました 。 | |
| 1980年代 | 日米貿易摩擦・ジャパンバッシング |
| 日本の輸出攻勢により米国の産業が打撃を受け、日本への批判が高まりました(ヴィンセント・チン殺害事件など) 。日本企業による米国の不動産や企業の買収が話題となりました 。 | |
| 1985年9月 | プラザ合意 |
| ドル安・円高を誘導する合意がなされ、円相場が急騰しました 。これによる不況(円高不況)対策として行われた金融緩和が、後のバブル経済の引き金となりました 。 | |
| 1986年〜1991年 | バブル経済 |
| 金融緩和による過剰流動性が不動産投資へ向かい、地価が暴騰しました(特に6大都市で302%上昇) 。1988年にはリクルート事件が発覚し、竹下登首相らが辞任に追い込まれ、政治不信が極まりました 。 | |
| 1989年〜1990年 | バブル崩壊の始まり |
| 日銀の三重野康総裁らが急激な利上げ(2.5%から6%へ)を行い、不動産バブルを崩壊させました 。これにより大量の不良債権が発生しました 。 | |
| 1993年 | 自民党下野・細川連立政権 |
| 東京佐川急便事件などのスキャンダルを経て、自民党が分裂・敗北し、55年体制が崩壊しました 。しかし、連立政権は短命で、1996年には自民党が政権に復帰しました 。 | |
| 1990年代〜2000年代 | 失われた10年(20年) |
| 銀行の破綻処理に巨額の公的資金(86兆円)が投入され、経済は長期停滞しました 。賃金の低下や失業率の上昇が見られました 。 | |
| 2009年〜2012年 | 民主党政権 |
| 自民党が歴史的大敗を喫し、民主党が政権交代を果たしましたが、3年後に崩壊し自民党が復帰しました 。 | |
| 2024年(現在) | 現代の課題 |
| 少子高齢化(出生率約1.3)、ジェンダーギャップ(世界125位)、政治不信(内閣支持率低迷)などが主要な課題となっています 。一方で、アニメやゲームなどの「ソフトパワー」による文化的外交力は高まっています 。 | |
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昭和時代の戦争と敗戦、高度経済成長、そして現代社会の土台ができるまでを物語としてたどるカテゴリーです。軍国主義から民主化、庶民の暮らしや文化の変化を通して、「今の日本はどのように形づくられたのか」を学び直したい人向けの入門ガイドです。





















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