幕末の尊王攘夷はなぜ失敗?過激化と自壊の真実|5分de探究#086

江戸時代
幕末の尊王攘夷はなぜ失敗?過激化と自壊の真実|5分de探究#086
幕末を揺るがした尊王攘夷はなぜ自壊してしまったのでしょうか?


教科書にはないテロリズムの実態や孝明天皇の意外な本音。過激派の暴走と冷徹な権力闘争が招いた運動崩壊の全貌を”5分”で紐解きます。

▼ この記事でわかること

Q. 幕末の尊王攘夷運動は、なぜ失敗し自壊したのか?


過激派のテロ孝明天皇が嫌い、会津藩と共に排除したからです。現実無視の暴走が組織の自壊を招きました。

幕末の京都を血で染めた尊王攘夷の嵐。しかし、その熱狂的な運動はなぜ急速に勢いを失い、組織的な自壊へと至ったのでしょうか。

そこには、四条河原の生首に象徴される過激なテロリズムと、それに対する幕府・会津藩による徹底した巻き返し、そして過激派を拒絶した孝明天皇の「真意」がありました。理想と現実の残酷な乖離、長州藩の暴走、そして権力者たちの冷徹な政治的計算。熱狂の裏側に潜んでいた構造的な欠陥を紐解きます。

帝都の混乱と将軍家茂の屈辱的な「妥協」

尊王攘夷:天皇を尊び外敵を排撃する思想で、幕府の弱腰外交を批判し過激化していった政治運動
天誅:尊王攘夷派の志士たちが、政治的な反対派や佐幕派に対して行った暗殺や暴力的な制裁
公武合体:朝廷の権威と幕府の政治力を融合させ、揺らぐ幕藩体制の安定と強化を図った政治策

幕末の京都は、尊王攘夷を叫ぶ志士たちにより暴力と混沌の渦中に叩き込まれました。彼らは「天誅」と称して幕府関係者を次々と暗殺し、九条家家臣・島田左近の生首を四条河原に晒すなど、その行動は残忍さを極めました。都市全体が血なまぐさい恐怖に支配される中、かつて絶対的だった徳川幕府の権威は完全に地に落ちていたのです。


追い詰められた14代将軍徳川家茂は、朝廷との連携を図る「公武合体」に活路を見出そうとします。彼は200年の慣例を破り自ら上洛しますが、そこで待っていたのは三条実美ら過激派公卿からの冷遇でした。家茂は権威回復の代償として、実行不可能な攘夷期限の約束という、自らの首を絞める屈辱的な妥協を強いられたのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

テロリズムが横行する京都で幕府の統制力は崩壊し、将軍家茂は権威回復のため朝廷へ接近せざるを得ませんでした。しかしその結果、過激派の無理難題を呑まされ、自らを追い詰める約束をするという政治的敗北を喫します。この苦渋の決断は、幕府の弱体化を露呈させる皮肉な結果となってしまったのです。


歴史ドラマでもおなじみの新選組の隊士たちが、京の町を見回っている様子


── では、この絶体絶命の状況から、幕府側はどのように反撃に出たのでしょうか。

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会津の鉄壁守護と孝明天皇の冷徹な「本音」

京都守護職:過激派を取り締まり治安を回復するため新設され、会津藩主の松平容保が就任した要職
新選組:京都守護職の配下として、近藤勇ら浪人を中心に結成された市中見廻りのための実働隊
八月十八日の政変:会津藩と薩摩藩が協力し、長州藩や三条実美ら過激派公卿を京都から一掃したクーデター

幕府もただ手をこまねいていたわけではありません。会津藩主・松平容保「京都守護職」という要職に任命し、本腰を入れて治安回復に乗り出します。彼が配下として採用したのが、近藤勇や土方歳三らが率いる「新選組」でした。彼らによる徹底的かつ容赦のない取り締まりにより、無法地帯と化していた京都に幕府の武力が再確認されます。


さらに決定的だったのは、孝明天皇自身の明確な意思でした。天皇は外国嫌いでしたが、伝統と秩序を重んじる人物であり、過激派の暴挙を深く嫌悪していました。自らが彼らの神輿にされることを恐れた天皇は、会津・薩摩と結託して「八月十八日の政変」を断行。長州藩ら過激派を一掃し、政治の流れを一気に逆転させたのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

「尊王」を掲げていた過激派ですが、実は肝心の天皇自身から、その暴力的で無秩序な振る舞いを激しく嫌われていました幕府側の強力な武力行使と、天皇自身の「秩序を乱す者は許さない」という拒絶反応が合致したことで、運動は京都から物理的に排除され、その勢力を急速に失うことになったのです。

💡 情報が混み合っていませんか?細かい時系列は、年号整理ページ にまとめてあります。是非ご活用ください。


外国船に向けて砲撃を行う長州藩の砲台の様子


── では、京都を追われた彼らの理想は、なぜ現実と乖離していったのでしょうか。

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志士の妄想と長州藩の無謀すぎる「暴走」

土佐勤王党:武市半平太が結成したが、非現実的な計画や過激な行動によって孤立を深めた政治結社
魔術的思考:客観的な根拠や現実を無視し、自分たちの都合の良いように状況を解釈してしまう心理
下関海峡:長州藩が攘夷実行のために海峡封鎖を行い、外国船への無差別砲撃を行った交通の重要拠点

運動失敗の大きな要因は、彼らが「魔術的思考」とも呼べる妄想に囚われていた点です。「土佐勤王党」が資金調達のために商人の前で切腹するふりをして脅そうとした逸話は、彼らの致命的な現実感覚の欠如を物語っています。彼らの多くは現状に不満を持つ若者であり、政治的な実現可能性よりも、自身の反抗の情熱を優先させていました。


その暴走の極致が、長州藩による「下関海峡」での外国船砲撃でした。彼らは本気で攘夷を実行しましたが、結果は米仏艦隊からの反撃による惨敗でした。水戸藩の天狗党の乱も鎮圧され、無謀な行動は支持を広げるどころか、彼らを孤立させ自滅へと導きました。国際情勢を無視した純粋すぎる情熱は、物理的な力の前には無力だったのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

過激派志士たちの計画は、熱意だけが空回りする非現実的なものでした。彼らは自分たちの思想こそが世論の多数派だと信じ込んでいましたが、実際には無謀なテロや国際法を無視した戦争行為は支持されませんでした。客観性を欠いた暴走は、組織を孤立させ、内側からの自壊を招く結果にしかならなかったのです。


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── 最後に、この記事のまとめFAQでおさらいしましょう。

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まとめ:自壊した理想と冷徹な現実

幕末の尊王攘夷運動が失敗した背景には、過激派の暴走と、それに対する既存勢力の実力行使がありました。将軍の上洛という屈辱を経て、幕府は会津藩と共に治安を回復。さらに、当の天皇が過激派を拒絶したことで、運動の大義名分は崩れ去りました。熱狂的な理想主義が、冷徹な現実政治の前に敗れ去った瞬間でした。
この記事のポイントは、以下の3つです。

幕府の底力と治安維持の徹底
孝明天皇が望んだ公武の協調
過激派が陥った理想との乖離

ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。

❓この記事のテーマに関するFAQ❓

Q1.なぜ将軍家茂は、わざわざ危険な京都へ行ったのですか?

幕府の権威低下を補うため、朝廷の権威を借りる「公武合体」が必要だったからです。直接天皇に会うことで、協調姿勢を示す狙いがありました。

Q2.孝明天皇は「攘夷(外国人追放)」には反対だったのですか?

いいえ、天皇自身も外国人は嫌いでした。しかし、それ以上に幕府との協調や伝統的な秩序を重視しており、過激派が起こす騒乱を嫌っていたのです。

Q3.この失敗から、現代の私たちは何を学べるでしょうか?

自分たちの思想こそが正義だと信じ込み、客観的な情勢を無視する危うさです。熱狂は時に目を曇らせ、組織を自壊させるという教訓があります。

各時代の FAQ は、FAQまとめページ で一気見できます。是非ご活用ください。

[主な参考資料]
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます

🖋この記事を書いた人🖋

Alex Kei(学び直し歴史ライター)

早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。
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