武田勝頼は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!

戦国〜江戸
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武田勝頼は、有能な英雄?無能なクズ?
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武田勝頼
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  1. ご参考までに。

    武田勝頼(1546~1582)

    「武田家を滅ぼした男」。
    歴史において彼ほど、この一点のみで語られ、不当な評価を受け続けてきた人物も珍しいでしょう。
    長らく「偉大な父(武田信玄)の遺産を食いつぶした無能な二代目」という評価が定着していましたが、近年の研究においては、その評価は劇的に、そして肯定的に変わりつつあります。
    彼は本当に無能だったのか? それとも、あまりに強すぎたがゆえに、そして相手が悪すぎたがゆえに破滅したのか? ここで徹底討論します。

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    1.能力判定:有能 vs 無能
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    まず、純粋な「武将としての能力」についてですが、フラットに見れば彼は間違いなく「有能」、いや「猛将」の部類に入ります。
    父・信玄ですら落とせなかった難攻不落の堅城「高天神城」を攻略し、武田家の最大版図を築き上げたのは他ならぬ勝頼です。
    個人の武勇に優れ、戦場では鬼神の如き強さを発揮しました。あの織田信長ですら、勝頼のことを「油断ならない敵」「信玄以上の脅威」として強烈に警戒していたほどです。

    しかし、皮肉にもその「軍事的有能さ」が仇となりました。
    「戦えば勝てる」という自信過剰が、外交努力や家臣団の融和をおろそかにさせ、長篠の戦いでの無謀な突撃や、その後のじり貧を招いたとも言えます。
    北条氏との同盟破綻(甲相同盟の決裂)や、織田・徳川・北条・上杉という四方を敵に回す状況を作ってしまった政治力・外交力という点では、父に及ばなかった、あるいは状況判断が甘かったと言わざるを得ません。

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    2.性格判定:聖人 vs クズ
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    ここで議論したいのは、彼の「クズ度」です。
    武田家滅亡の直接的な原因は、木曾義昌や穴山信君といった親族・重臣たちの相次ぐ裏切りでした。なぜこれほどまでに人は彼から離れていったのか。

    一つの大きな要因として「高天神城の見殺し」が挙げられます。
    かつて自分が落とした高天神城が徳川軍に包囲された際、勝頼は織田との和睦を優先しようとするあまり救援を送らず、城兵全員を見殺しにしました。
    これが「勝頼様はいざとなれば我々を見捨てる」という強烈な不信感を家臣団に植え付け、求心力を崩壊させたのです。これを「国家存続のための戦略的撤退」と見るか、保身のための「冷酷なクズ行為」と見るか。

    また、古参の宿老たち(信玄時代の重臣)との不仲も有名です。
    彼は自分の側近ばかりを重用し、老害とも言える重臣たちの意見を軽視しました。新府城への遷都を強行し、民衆や家臣に過度な負担を強いたことも、滅亡へのカウントダウンを早めました。
    これは「新しい時代を作るための改革」だったのか、単なる「若者の傲慢」だったのか。

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    ■ 総評
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    天目山での最期、彼に付き従った土屋昌恒らの壮絶な死に様や、妻・北条夫人の献身を見ると、彼には人を惹きつける魅力も確かにあったはずです。
    最強の騎馬軍団を率いながら、鉄砲という新時代の波と、信長という怪物の前になす術なく散った猛将。
    高天神城の一件をどう捉えるかで、彼への評価は「時代の波に飲まれた悲劇のラストサムライ」から「家臣を道具扱いして捨てられた裸の王様」へと一変します。
    さあ、皆さんの忌憚なき判定を書き込んでください。

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