「自分のMBTIはなんだろう?」と気になる方は、サクッと診断してみましょう!
MBTI診断はこちらから ▷INTJは、論理的思考と長期的なビジョンを併せ持つ戦略家タイプです。独立心が強く、感情よりも合理性を重んじるため冷徹に見られがちですが、内面には確固たる理想を秘めています。
今回ピックアップした3人
徳川家康
「天下を盤石にした戦略家」
石田三成
「義と理に生きた不器用な忠臣」
明智光秀
「理想追求した教養深き謀将」
この3人が選ばれた理由は、いずれも「卓越した大局観」と「目的達成のための周到なシステム構築」に長けており、INTJ特有の強みと弱みを歴史に刻んでいるからです。まずは、それぞれの偉人の評価を見てみましょう!



それでは、彼らがなぜINTJ(建築家)と言えるのか、具体的な性格を表すエピソードを見てみましょう。
家康はINTJの「長期的なビジョン」と「合理的な実行力」の体現者です。織田信長や豊臣秀吉に臣従しながらも決して焦らず、自らの勢力を着実に拡大しました。
天下分け目の関ヶ原の戦い(1600年)では、小早川秀秋らへの事前の周到な調略によって戦う前に勝利を確実なものにするなど、感情に流されず冷徹に勝利への道筋を描く能力はまさに建築家(INTJ)そのもの。
その後も江戸幕府開府(1603年)から大坂の陣(1614年)にかけて、豊臣家を論理的かつ冷酷に排除し、260年続く天下泰平という壮大な目標を緻密な計画で現実のものにしました。
三成は、INTJの「目的達成への論理的アプローチ」と「内なる信念」を強く持つ人物です。豊臣政権下では優れた官僚として、太閤検地の実務や、文禄・慶長の役(1592年)における複雑な兵站・補給システムを見事に構築し、その有能さを発揮しました。
しかし、正論やルールを重んじるあまり他者の感情への配慮を欠き、加藤清正ら武断派の反感を買って七将襲撃事件(1599年)を招くなど、INTJ特有の対人関係の不器用さも露呈しています。
それでも最後まで豊臣家への「義」を貫き、関ヶ原の戦い(1600年)で西軍をまとめ上げた姿勢は、確固たる理想を秘めたINTJならではと言えます。
光秀もまた、高い教養と知性を持ったINTJ型の武将です。信長の元で、金ヶ崎の退き口での殿(しんがり)や、比叡山焼き討ち後の近江坂本城の築城、さらには朝廷との高度な政治交渉など、多角的な視点で合理的に実績を積み上げました。
歴史的クーデターである本能寺の変(1582年)に至る動機は諸説ありますが、中国毛利攻めの援軍と偽って自軍を進撃させる「緻密な行軍計画」は彼ならでは。
暴走する信長を討ち、幕府再興や朝廷保護といった「秩序ある理想の世界」を構想したとすれば、非常にINTJらしい大局的なビジョンに基づく行動だったと評価できます。





















コメント欄