「自分はどんな性格タイプなんだろう?」と気になる方は、まずはご自身のMBTIを診断してみましょう!
MBTI診断はこちらから ▷ISFJは、強い責任感と深い思いやりを持つ擁護者タイプです。大切な人や属している組織を守るために献身的に尽くし、調和と安定を重んじます。表立って目立つよりも裏方として人々を支えることを好みますが、伝統や既存の枠組みに縛られやすく、急激な変化を苦手とする一面もあります。
今回ピックアップした3人
・徳川慶喜
「国と家名を重んじ、争いを回避した最後の将軍」
・淀殿(茶々)
「愛する我が子と豊臣家を命がけで守り抜いた母」
・桂太郎
「細やかな気配りと調整力で国難を乗り切った宰相」
この3人が選ばれた理由は、いずれも「大切なものを守り抜く強い責任感」と「周囲への献身的なサポート力」に長けており、ISFJ特有の自己犠牲の精神や、伝統・秩序への強い愛着を歴史に刻んでいるからです。まずは、それぞれの偉人の評価を見てみましょう!



それでは、彼らがなぜISFJ(擁護者)と言えるのか、具体的な性格を表すエピソードを見てみましょう。
慶喜は、ISFJの「責任感」と「争いを避ける調和性」の体現者です。何度も将軍就任を固辞しながらも、周囲の期待と幕府の危機を見過ごせず、最終的には重責を背負い込みました。
最大の決断である大政奉還(1867年)や、鳥羽・伏見の戦い後の江戸開城と恭順は、自身の権力よりも「日本が内戦で引き裂かれ、外国の植民地になること」を防ぐためでした。自らが泥を被ってでも国や民を守るという、ISFJ的な献身と平和主義に基づく行動と言えます。
淀殿は、ISFJの「身内への深い愛情」と「現状維持への執着」を強く持つ人物です。豊臣秀吉の死後、実質的な豊臣家の頂点として、愛息・秀頼の成長と豊臣家の存続のためにすべてを捧げました。
大坂の陣(1614・1615年)において、徳川家康からの様々な妥協案を拒絶し、最後まで大坂城に籠城したのは、愛する我が子と「豊臣家」というかつての栄光(過去の秩序)を守り抜きたいという、ISFJ特有の強くも不器用な防衛本能の表れと評価できます。
桂太郎は、ISFJの「細やかな気配り」と「実務的なサポート能力」を象徴する政治家です。「ニコニコ宰相」と呼ばれた彼は、誰に対しても愛想が良く、相手の肩をポンと叩いて親身に話を聞くなど、非常に面倒見の良い性格で知られていました。
日露戦争という未曾有の国難において、華やかなカリスマ性ではなく、官僚や軍部、政党との間を取り持つ「調整役」に徹しました。国家の存亡という重圧に耐えながら実直に実務をこなし続けた姿は、まさに縁の下の力持ち(ISFJ)です。


























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