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幕末〜明治
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幕末〜明治
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  1. まとめておきます。

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    【判定対象】榎本武揚(蝦夷共和国総裁)
    【テーマ】 万能の天才か、変節の裏切り者か?
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    旧幕臣の希望の星として五稜郭に立て籠もり、最後は明治政府の重鎮として数々の大臣を歴任した榎本武揚。彼の人生は、あまりに高い能力を持っていたがゆえに、「節操がない」と批判される運命にありました。

    ■能力評価:日本近代史上屈指のチート人材
    文句なしに「超有能」です。語学、国際法、航海術、化学、外交。どれをとっても当時の日本でトップクラスの知識人でした。
    オランダ留学で得た知識は本物で、旧幕府最強の軍艦・開陽丸を率いて脱走し、北海道に独立政権(蝦夷共和国)を樹立した実行力は驚嘆に値します。しかも、それはただの反乱ではなく、万国公法に則った「交戦団体」としての承認を狙い、日本初となる「入札(選挙)」で総裁に選ばれるなど、極めて高度で民主的な政治実験を行いました。
    明治政府に入ってからも、ロシアとの樺太・千島交換条約の締結など、彼にしかできない仕事で日本の国益に多大な貢献をしています。実務能力においては、大久保利通や伊藤博文らも一目置かざるを得ない、替えのきかない存在でした。

    ■性格評価:生き恥を晒した裏切り者?
    クズ判定の根拠は、やはり「降伏後の身の振り方」にあります。
    函館戦争では、土方歳三をはじめ多くの同志が戦死しました。しかし総大将である榎本は生き残り、あろうことか敵であった薩長主導の政府に仕え、大臣として出世街道を歩みました。
    これに対し、福沢諭吉は『痩我慢の説』という書簡を送りつけ、「武士なら痩せ我慢をしてでも節義を守るべきだ。昨日の敵に仕えるとは何事か」と痛烈に批判しました。
    部下を死なせて自分だけ栄達した姿は、確かに「保身の達人」「変節漢」と映ります。彼が優秀であればあるほど、「その能力をなぜ幕府のために使い切れなかったのか」「なぜ死を選ばなかったのか」という批判がついて回るのです。五稜郭で自決しようとしたところを止められたとはいえ、その後のあまりの順応ぶりの早さは、節義を重んじる当時の倫理観からは逸脱していました。

    ■総評
    しかし、彼が死を選んでいたら、日本の近代化は数十年遅れていたかもしれません。また、彼は降伏条件として、部下の助命を必死に嘆願し、その後も旧幕臣たちの再就職の世話を焼き続けました。
    「名誉ある死」よりも「泥をかぶって生きる実利」を選び、国に尽くした彼の生き様。これは武士道の堕落でしょうか、それとも新しい時代の愛国心でしょうか。

    天才ゆえに生き残らされてしまった男、榎本武揚。
    彼はクズな裏切り者か、真の国士か。皆さんのジャッジを待ちます。

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