バブル経済の正体とは?中曽根内閣の内需拡大|5分de探究#125

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バブル経済の正体とは?中曽根内閣の内需拡大|5分de探究#125
バブル景気はなぜ起き、日本中を熱狂と混乱に陥れたのでしょうか?


華やかな好景気の裏側で密かに進んでいた、土地神話という名の危険なマネーゲーム。その実態と崩壊への序章を”5分”で紐解きます。

▼ この記事でわかること

Q. 中曽根内閣の内需拡大が招いた、バブル経済の正体とは?


内需拡大策による余剰資金が不動産投機へ流入し、実体を伴わず地価だけが異常に高騰したマネーゲームです。

プラザ合意後の円高不況を回避するため、中曽根康弘首相は金融緩和と財政出動を柱とする内需拡大策を推進しました。市場に溢れた大量の資金は、本来期待された設備投資ではなく、国内の不動産投資へと急速に流入します。

土地価格の高騰は「土地神話」を生み、多くの企業が本業以上の利益を求めて財テクに奔走しました。結果として経済成長率は回復を見せますが、それは実需を伴わないバブル経済の始まりであり、東京を中心とした地価の異常な高騰を招くことになったのです。

📚お読みになる前に📚

中曽根康弘が目指した「内需拡大」

中曽根康弘:プラザ合意後の円高不況に対し、内需拡大を掲げて経済構造の転換を図った当時の首相。
金融緩和:日本銀行が金利を低く抑え、企業が銀行から資金を借りやすくするように誘導する政策。
円高不況:プラザ合意による急激な為替変動で、輸出産業が大打撃を受けたことによる景気の後退。

当時の日本は、プラザ合意の影響で輸出産業が稼げず、深刻な円高不況に陥っていました。「どこからお金を持ってくるか」という難問に直面した中曽根康弘首相は、大胆な決断を下します。それは、海外ではなく国内でお金を回す仕組みを作ることでした。政府は企業にお金を借りやすくするため、日本銀行を通じて金利を下げる金融緩和を実行したのです。


これは「麻雀で勝ちすぎたプレイヤーが、ゲーム継続のためわざと負ける」ようなものでした。一人勝ちでは世界から締め出されるため、中曽根首相は自ら外国製品を買い漁る演技まで行い、輸出依存からの脱却をアピールしました。しかし市場に溢れた大量の資金は、政府が意図した設備投資だけでなく、別の場所へと流れ込み始めたのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

世界からの批判をかわすため、日本は「輸出で稼ぐ国」から「国内で消費する国」への転換を迫られました。そのために政府は金利を下げて企業にお金を借りやすくしましたが、そのお金の使い道までは完全にコントロールできず、市場に有り余る資金が次の暴走を引き起こす火種となってしまったのです。


中曽根康弘首相が外国製品を購入してアピールしている様子


── では、溢れたお金はどこへ向かったのか見てみましょう。

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溢れた資金が向かう「不動産投資」

内需拡大:海外への輸出に頼らず、国内での消費や設備投資を増やして景気を回そうとする方針。
不動産:土地や建物など、供給量が物理的に限られているため、投資対象として人気を集めた資産。
金融政策:通貨の供給量や金利を調整することで、物価の安定や経済の成長を図ろうとする国の手段。

内需拡大という名目で市場に供給された大量の資金ですが、企業は「使い道」に困っていました。輸出が不調な中、工場を増やすわけにはいきません。そこで彼らが目をつけたのが不動産でした。土地はこれ以上増やすことができない有限な資源です。「誰もが欲しがり、供給が増えないもの」にお金を投じれば、価格が上がるのは経済学の基本原理でした。


政府の金融政策で金利が極端に低かったため、企業は借金への抵抗感を失いました。「安く借りて土地を買い、値上がりしたら売るか貸す」。これだけで本業以上の利益が出せるのですから、やらない手はありません。こうして多くの企業が土地転がしに参加し、自ら需要を煽ることで価格をさらに吊り上げていくループに突入しました。

🔍 つまりどういうこと?🔍

本業で地道に稼ぐよりも、銀行から借金をして不動産を買った方が簡単に儲かる状態になっていました。多くの企業がこぞって投機的な不動産投資に走り、それがさらなる地価上昇を招くという、まさに「自分たちで膨らませた風船」をどこまでも追いかけるような危険で異常な状態になったのです。

💡 情報が混み合っていませんか?細かい時系列は、年号整理ページ にまとめてあります。是非ご活用ください。


東京や大阪などの大都市でビルが乱立し地価が上昇しているイメージ


── では、その結果どんな異常事態が起きたのか確認しましょう。

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経済成長の陰で進んだ「地価高騰」

商業地:オフィスや店舗が建設される土地であり、住宅地以上に投機的な資金が集中して高騰した場所。
六大都市:東京や大阪をはじめとする、バブル期に地価が異常なほどの高騰を見せた日本の主要な都市。
貿易不均衡:日本製品が海外で売れすぎたことで生じた、アメリカなど相手国の赤字が膨らんでいる状態。

政策は一時的に成功したように見え、1988年の経済成長率は驚異の6.7%を記録します。しかしその実態は、東京や大阪など六大都市を中心とした異常な地価高騰でした。特に商業地の価格上昇は凄まじく、6年間で約302%も高騰しました。銀座の一等地では、1平方メートルが当時のレートで1億円以上で取引される狂騒状態となったのです。


これだけの好景気なら、当初の目的である日米の貿易不均衡も解消されたはずです。しかし皮肉なことに、アメリカの対日赤字は減るどころか拡大していました。日本は「内需拡大」で豊かになったように見えましたが、実際は不動産というマネーゲームで数字が膨らんだだけであり、海外との歪な関係も解決していなかったのです。

🔍 つまりどういうこと?🔍

経済成長率という表面的な数字だけ見れば「大成功」でしたが、その中身は土地の奪い合いによる実体のない泡のような利益でした。銀座の土地が異常な価格になっても、肝心の国際的な貿易問題は何ひとつ解決していなかった、というのが華やかなバブル経済の裏にある残酷な真実なのです。


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── 最後に、この記事のまとめFAQでおさらいしましょう。

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まとめ:止まらない「マネーゲーム」

中曽根内閣による内需拡大策は、金融緩和によって市場に大量の資金を供給しました。しかし、そのお金は本来の目的を離れ、投機的な不動産投資へと集中します。その結果、見かけの経済成長率は回復したものの、実態を伴わない地価高騰と、未解決の貿易不均衡という大きな歪みを、後の日本経済に残すことになりました。
この記事のポイントは、以下の3つです。

低金利政策が投機を招いた副作用
企業が本業を忘れて没頭した財テク
都市部の地価だけが突出した不均衡

ここで得た小さな気づきが、明日のあなたの視野をほんの少しだけ広げてくれますように。

❓この記事のテーマに関するFAQ❓

Q1.なぜ中曽根首相は内需拡大を急いだのですか?

輸出で稼ぎすぎた日本に対し、世界中から「日本製品を締め出すぞ」という圧力がかかったため、国内で消費する姿勢を見せる必要があったからです。

Q2.金利が低いと、なぜバブルになるのですか?

お金を借りるコスト(利息)が安いと、企業は借金をしてでも不動産を買った方が利益が出ると判断し、投機が過熱してしまうからです。

Q3.この歴史から、現代の私たちは何を学べますか?

実需(本当に必要かどうか)を無視した投資ブームは、いつか必ず弾けるということです。数字上の成長だけでなく、その中身を見極める目が重要です。

各時代の FAQ は、FAQまとめページ で一気見できます。是非ご活用ください。
[主な参考資料]
・佐藤信ほか編『詳説日本史(日本史探究)』山川出版社,2023
・国史教科書編纂委員会編『市販版 国史教科書』PHP研究所,2024
・笹山晴生ほか編『詳説 日本史史料集』山川出版社
出典:Wikimedia Commons
※当記事は上記の信頼できる書籍・史料に基づき作成していますが、わかりやすさを優先した独自の表現を含みます

🖋 この記事を書いた人 🖋

Alex Kei(学び直しライター)

早稲田大学創造理工学部卒。複数の教科書と専門書を読み比べながら、【大人の学び直し】に特化した記事を執筆しています。

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