【戦乱無視で銀閣】足利義政は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!

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足利義政
【〇〇な〇〇】
           

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偉人も、所詮は人間だ。

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  1. 足利義政について。

    ■判定対象:足利義政(1436~1490)
    ■能力値:美的センスSSS / ■性格値:政治放棄・現実逃避

    室町幕府第八代将軍、足利義政。
    もし彼が将軍という家に生まれず、一介の芸術家や文化人として生きていたなら、間違いなく幸福で尊敬される人生を送ったことでしょう。
    京都・東山に建てた「銀閣寺(慈照寺)」に代表される東山文化。わび・さび、茶の湯、生け花、水墨画、枯山水。現在の私たちが世界に誇る「日本的な美」の源流は、ほぼ全て彼がプロデュースしたものです。文化勲章を100個あげても足りないほどの功績です。

    しかし、悲しいかな、彼は武家の棟梁でした。そして政治家としては、日本史上稀に見る「暗愚」として名を残しています。
    彼の優柔不断さと政治への無関心は、京の都を焼き尽くし、戦国時代の幕開けとなった「応仁の乱」の直接的な引き金となりました。
    後継者を弟の義視にするか、実子の義尚にするかで揺れ動き、有力守護大名たちの対立を制御できず、結果として11年にも及ぶ大乱を招いてしまったのです。

    さらに罪深いのは、その態度です。
    京の町が火の海となり、飢饉と疫病で死体が鴨川を埋め尽くしている最中、彼は「天下のことなどはどうでもいい、美しい庭が見たい」とばかりに、莫大な税金を投入して自分の隠居所(のちの銀閣)の造営に没頭しました。
    妻である日野富子との不仲、側近への責任転嫁、酒浸りの日々。現実の惨状から目を背け、美の世界に逃げ込んだ彼の姿は、為政者としては万死に値するでしょう。

    「政治は0点、文化は100点」
    これほど極端な評価を受ける人物も珍しいです。
    彼が政治を放棄したおかげで、幕府の権威は地に落ち、群雄割拠の戦国時代が始まりました。しかし、彼が美に逃避したおかげで、日本文化は精神的な深みを獲得しました。

    100年の戦乱を招いた無能な将軍か、永遠の美を残した孤独な芸術家か。
    燃える京都を見下ろしながら、静かに茶を点てていたであろうこの男を、あなたはどう裁きますか?

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