【政権投げ出し男】近衛文麿は有能な聖人?無能なクズ?みんなで投票!歴代政治家 ▷ 2026.02.22 2026.02.09歴代政治家 ▷ 【現在の投票数:2 票】近衛文麿は【〇〇な〇〇】 ▼ この4つのボタンで投票してください!▼投票後コメント欄が出現最初のコメントに解説があります有能なクズ有能な聖人無能なクズ無能な聖人 ⚡ 偉人能力ランキング ♥ 偉人人間性ランキング
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■判定対象:近衛文麿(1891~1945)
■能力値:家柄・人気 / ■性格値:無責任・優柔不断
五摂家筆頭、藤原氏の正当な後継者である近衛家の当主。
180センチを超える長身、貴公子然としたルックス、教養溢れる語り口。昭和初期、閉塞感漂う日本において、近衛文麿は国民的なアイドルであり、誰もが彼に「現状を打破してくれる救世主」の夢を見ました。
しかし、歴史が証明したのは、彼が「悲劇のプリンス」ではなく、「無責任なポピュリスト」だったという残酷な事実です。
第一次近衛内閣で日中戦争が勃発した際、彼は「不拡大方針」を唱えながらも、軍部の強硬論に流され、なし崩し的に戦線を拡大させました。「国民精神総動員」をかけ、既存政党を解散させて「大政翼賛会」を結成。結果として、軍部が暴走しやすい全体主義的な独裁体制の土台を、彼自身が作り上げてしまったのです。
そして、事態が行き詰まると「蔣介石を対手とせず」と交渉の道を自ら閉ざし、さらに状況が悪化すると「もう僕は嫌だ」と言わんばかりに政権を投げ出しました。
日米開戦の直前にも首相を務めましたが、戦争を回避する決断も、開戦する覚悟も持てず、最後は東条英機にバトンを渡して逃亡。
戦争末期には昭和天皇に「近衛上奏文」を提出し、早期和平を訴えましたが、時すでに遅し。彼の行動は常にタイミングが悪く、そして常に「自分は悪くない」という貴族特有の無責任さが漂っていました。
戦後、GHQからA級戦犯容疑者として指名されると、出頭期日の前夜に服毒自殺。「僕は支那事変以来、多くの政治上の過誤を犯した」という遺書を残しましたが、法廷で裁かれることすら拒否したその最期を、潔いと見るか、最後まで逃げたと見るか。
高貴な血筋と圧倒的な人気を持ちながら、決定的な場面で決断できなかった弱き宰相。彼に悪意はなかったかもしれません。しかし、為政者の無能は時に悪意以上の罪となります。
日本を破滅へと導いたのは、軍部の暴走か、それともこの貴公子の優柔不断さか。