【天皇凌ぐ専横ぶり】蘇我入鹿は無能なクズ?有能な聖人?みんなで投票!

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蘇我入鹿
【〇〇な〇〇】


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無能度:◯位 / 88人
クズ度:◯位 / 88人
偉人も、所詮は人間だ。

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  1. 【判定対象:蘇我入鹿(飛鳥時代の豪族)】

    ◆能力判定:国政改革を推進した実務家としては有能
    ◆性格判定:皇室を蔑ろにし独裁を目論んだ大悪人(とするのが通説)

    【史実に基づく詳細解説】

    飛鳥時代において天皇を凌ぐ権勢を振るった蘇我氏の最盛期にして最後のリーダーです。歴史書『日本書紀』においては、極悪非道な逆臣として描かれています。

    しかし近年の研究では、隋や唐といった強大な帝国が東アジアで台頭する中、危機感を抱いた入鹿が、権力を中央(蘇我氏)に集中させることで国難を乗り切ろうとした「有能な政治家」であったという評価もなされています。実際に彼が主導したとされる政策の中には、後の大化の改新の先駆けとなるような合理的なものも含まれていたと考えられています。

    とはいえ、その強引な手法は「クズ」と判定されても致し方ないものでした。最大の汚点は、聖徳太子の息子であり、次期天皇の有力候補であった山背大兄王を斑鳩宮に襲撃し、一族もろとも自害に追い込んだことです。有力な皇位継承者を武力で排除するという行為は、当時の価値観からしても完全に一線を越えた暴挙でした。

    さらに、自らの邸宅を「上の宮城」、父・蝦夷の邸宅を「上の宮城」と呼ばせ、自分の子供を「王子(みこ)」と称するなど、天皇家を差し置いて自らが王であるかのように振る舞う傲慢さを見せました。さらには独自に兵を動員し、天皇の許可なく専横を極めました。

    こうした独裁的で天皇家の存続すら脅かしかねない専横ぶりが、中大兄皇子(後の天智天皇)や中臣鎌足らの強い反発を招きます。最終的には飛鳥板蓋宮での儀式の最中に、中大兄皇子らによって斬り殺される(乙巳の変)という結末を迎えます。

    有能な国政改革者であった側面を考慮しても、暴走した権力欲と血塗られた粛清の事実は消えません。

    皆様の判定はいかがでしょうか。

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