【味方見捨てて逃亡】仙石秀久は無能なクズ?有能な聖人?みんなで投票!戦国〜江戸 ▷ 2026.02.28戦国〜江戸 ▷ 【現在の投票数:2 票】仙石秀久は【〇〇な〇〇】▼ 4つのボタンで投票してください▼投票後コメント欄が出現最初のコメントに解説があります有能なクズ有能な聖人無能なクズ無能な聖人無能度:◯位 / 88人クズ度:◯位 / 88人 ⚡ 偉人能力ランキング ♥ 偉人人間性ランキング
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【対象:仙石秀久】
■能力:無能からの有能(不屈のサバイバー)
■性格:クズからの聖人(改心した元戦犯)
[史実に基づく詳細な見解]
彼の人生は、前半生と後半生で評価が完全に逆転する、日本史上でも非常に珍しいケースです。
前半生のハイライトにして最悪の汚点が、豊臣秀吉の九州征伐における「戸次川の戦い」です。四国勢の総大将として赴いた彼は、功を焦るあまり、長宗我部元親や十河存保といった歴戦の猛将たちの「伏兵の危険がある」という必死の忠告を完全に無視。敵である島津軍の得意戦法(釣り野伏せ)にまんまと引っかかり、無謀な突撃を強行しました。
結果、軍は壊滅的な大敗を喫し、長宗我部信親(元親の嫡男)や十河存保ら多くの尊い命が失われました。これだけでも大失態ですが、彼の真の「クズ」ぶりはここからです。なんと彼は、味方が血みどろで戦っている最中に、自分だけさっさと船に乗って四国へ逃げ帰り、さらに大坂まで逃亡したのです。武将として、いや人間としてあるまじき無責任の極みであり、「無能かつクズ」のどん底と言える行為でした。当然、秀吉は激怒し、彼の領地は没収され追放されます。
通常ならここで歴史の表舞台から消えるはずですが、彼の恐るべき「能力」はここから発揮されます。浪人となった後、小田原征伐が始まると、陣借りで勝手に参戦。全身に鈴をつけ、白装束を着た「鈴鳴り武者」として決死の突撃を見せ、その狂気じみた勇猛さが秀吉の目に留まり、見事に大名への復帰を果たすのです。
さらに驚くべきは、大名復帰後の信濃小諸藩での治世です。かつての独断専行の暴走武将が嘘のように堅実な政治を行いました。農民の負担を減らすために税制を整え、街道を整備し、領地開発に尽力。領民から深く慕われる名君へと変貌を遂げたのです。
一度どん底の「無能なクズ」に落ちたからこそ、己の愚かさを骨の髄まで自覚し、泥臭く這い上がって見事な統治者へと成長した。歴史上最も劇的な「クズからの更生を果たした有能」であり、失敗から学ぶことの大切さを教えてくれる特異な存在です。